ローブ古典叢書のギリシア語書籍とラテン語書籍の割合

(1)ローブ古典叢書のギリシア語書籍とラテン語書籍の割合

ローブ古典叢書では、ギリシア語著作とローマ著作のどちらが多いのか、興味があったのですが、検索しても情報を見つけられなかったため、ローブのサイトの一覧(こちら)から、表計算ソフトにコピペして数えてみました。合計542の著作のうち、ギリシア語著作は349冊、ラテン語著作は、193冊となりました。ラテン語著作は35.6%、ギリシア語著作は64.4%となりました。ギリシア語著作は、ラテン語著作の1.81倍です。ローブ古典叢書は、英語と原語の対照掲載であるため、通常の本の冊数にすれば、271冊分ということになります。京都大学学術出版会のリスト(こちら)によると、2018年までで139冊出ていますから、翻訳による頁数の増減や註釈等を無視して単純に冊数だけみると、ざっくりローブの半分に来ていることになるのではないかと思います。最初の出版が1997年6月くらいのことですから、これまでのペースからすると、あと20年でおおむねローブをカバーすることができそうです。しかしアリステイデス『ローマ頌詞』は現時点ではローブに入っていませんので古典時代の現存著作はもっとありそうですし、キリスト教教父著作集は、中世も含むとはいえ、300冊以上あるそうですから、古典古代の著作数は、計り知れないものがあります。

と、ここまで書いてから、教父全集(Patrologia Latina)を調べてみました。こちらの一覧によると、ローブ古典叢書の下限はユスティニアヌス時代なので、教父全集のボエティウスの巻(第64巻)までが古典古代に相当することになります。ボエティウスの著作はローブと重複しているように、一部の著作はローブと重複しているのかも知れませんが、全体的なボリュームにはあまり影響がないように思えます。教父全集の一冊の分厚さは不明ですが、取り合えずローブと同等であるとすると、約60冊がローブの271冊に加算され、合計約330冊。

ローマ法大全は、こちらラテン語版は全三巻で2376頁です。通常書籍を300頁とすると約8冊分です。
ラテン碑文集成は、現在17巻で、アマゾンに出品されているモムゼン編集のラテン碑文集成第三巻が380頁です。こちらの碑文集成一覧の一巻も400頁程度とすると、その他ラテン系碑文集成の巻数が判明しているもの17冊です(ラテン碑文集成は、17巻で180000碑文ですから、平均1頁あたり25碑文となり、多すぎる気がします(第三巻の頁数が少なすぎるのかも知れない)。そのうち図書館で実物を見て確認しようと思います(図書館を検索したところ、大型本らしい。通常本サイズにすると、巻数は数倍になるかも知れない))。

合計すると、

ローブ古典叢書 271、教父全集 64、ローマ法大全 8、ラテン碑文集成 34 = 377冊相当

他にギリシア語碑文がざっくりラテン碑文と同等として、それなりに量がありそうなテオドシウス法典、その他の碑文集成を加算すれば420冊分くらいにはなりそうです(キリスト教以外の東方ヘレニズム宗教文献は、結構は量がありそうですが量についてはまったく不明なので取り合えず除外)。


という計算が正しいのかどうかわかりませんが、一つ指摘できることは、この数字だけ見てみても、中国や古代イラン、古代インドの古代文献史料を、ギリシア・ローマの古代文献史料の量が圧倒していることがわかります。このあたりの文字数とか冊数等、古代文献の量的研究を、世界のどこかの学生がやっていてもおかしくないと思うのですが、どうなのでしょうか。興味があります。


(2)古代中国、古代イランの文献史料量

調べている時間はないのですが、オーダーだけでも知りたくて思考実験してみました。数字遊びです。


2-1)古代中国

明治書院の新釈漢文大系(全120巻:こちら)のうち、ざっと数えたところ約80冊が南北朝時代以前です。新釈漢文大系は、原文、訓読、日本語訳が掲載されているので、邦訳本文の部分はざっくり1/2とすると、40冊分です。この本は大判です。同じく大判の平凡社中国古典文学大系が、南北朝時代以前が約20冊です。このシリーズは上下二段で500頁くらいありますから、通常書籍の二冊分とすると、やはり40冊分です。後漢書(岩波本で全10巻)や三国志(筑摩文庫版全8巻)を追加して58冊(晋書や南北朝正史書は唐代の成立なので除外)。その他『塩鉄論』『列女伝』『高僧伝』等明徳出版社や東洋文庫等で邦訳があるもの約40冊(こちらの書籍等)+日本語未訳の文献史料(『太平経』『十六国春秋』等)が同じくらいあるとして約40冊(「中国古代史史料学」という書籍を眺めていてのえいやの印象)、これに出土簡牘史料約30万点(Wikipediaの竹簡木簡の記事の一覧とその他の記事から補った数字を表計算ソフトで集計すると、約23万、大目に見積もって仮に30万としておき、仮に1頁10個分、一冊300頁でまとめるとすると100冊分※)含めてもせいぜい240冊相当(58+40+40+100)というところではないでしょうか。あまりに適当すぎるので、そのうちもう少しちゃんと調べようと思いますが、ギリシア・ローマの半分くらい、というのは、オーダー的にはありえそうに思えます。南北朝時代までに中国で出回っていた仏典含めれば、あと数十冊くらいは増えるのかも知れません(古代中国で出回っていた仏典の現存巻数は、調べるのが面倒なのでやめました)。

※簡牘1枚1行から3,4行くらいなので、10個1頁に掲載するのが妥当なのかどうか、まったく不明ですが、ラテン碑文集成が平均1頁25碑文と、少し詰め込みすぎな印象を受ける数値となってしまっているので、とりあえずこちらも感覚的に決めうちしました。


2-2)古代イラン

パフラヴィー語文書は、東方聖典叢書で8冊(アヴェスター、デーンカルド、アルダシールの行伝その他)、シャーナーメ三冊、バビロン天文日誌一冊(パルティア時代)、法律書「Matigan i Hazar Datastan」(千の審判の書)一冊、タバリー「歴史」のサーサーン朝の記載の部分を集めて一冊(イスラーム関連を除く)、その他イスラム期の史書を集めて一冊、ラテン語・ギリシア語・アルメニア語・シリア語史料に登場するパルティア・サーサーン朝の箇所を全部集めて三冊程度、マニ教文書で一冊(マニ教文書はもっとあるかも知れない)、サーサーン朝碑文・漢文史料・バクトリア語等出土史料等その他一冊、合計20冊程度・・・ 

570-651年のイスラーム側(アラビア半島側)のサーサーン朝に関わりそうなところは微妙なところが数冊分くらいはあるかも知れません(まったくの印象)。それでも合計20数冊程度。

アケメネス朝は、ペルセポリス城砦文書という楔形文字史料やギリシア語史料があるのですが、量的にはえいやの数字も出せません。が、ほとんど妄想でギリシア語史料で一冊、城砦文書で一冊くらい、にしてみます。

合計すると、後世の史料含めても全部合わせて多くても30冊に収まるくらいでしょうか。


2-3)古代インド

各書籍の頁数がまったく不明な状態では意味のある集計にはまったくならないわけですが、それでもオーダーくらいは知りたいので、ざっと数えてみました。以前まとめた辻直次郎の『サンスクリット文学史』の目次(こちら)の記事によると、ダンディン以前が古代に相当しますから、だいたい50くらい、これにヴェーダ文献(東方聖典叢書で20冊くらい+プラーナ文献等)やラーマーヤナ(3巻相当)、マハーバーラタ(約10巻)、実利論等で50冊くらい、仏典関係(これが多いと思われる)、ジャイナ文献、ドラヴィダ系サンガム文学5作品を加えて50冊、合計150冊くらいでしょうか(碑文は全部合わせても1冊分(ただし大型本)くらいしかない)。


以上の内容から、文献史料の残存度は、おおむねギリシア・ローマの1/2が古代中国、1/3が古代インド、1/20が古代イラン、というような目安がとれそうな印象を持ちました。


(3)ローマ法大全関連のメモ


(4)5世紀属州ノリクム(現オーストリア)事情を画いた史料『聖セウェリヌス伝』を論じたPDF

指珠恵著『聖セウェリヌス伝に見る聖人像』(PDF待兼山論叢 23(史学), p57-81, 1989 大阪大学大学院文学研究科

ブライアン・ウォード・パーキンズ『ローマ帝国の崩壊:文明が終わるということ』で少し内容が紹介されていて、映画『ラスト・レギオン 最後のグラディエーター』も5世紀ノリクムあたりの話ということで、少し興味があったので、たまたまネットで引っかかったので読んでみました。『聖セウェリヌス伝』のあらまし、研究状況がわかり、有用です。

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