古代中世の西洋女性史本の紹介 ver3

 今年3月頃カロリング朝時代の女性の著作『ドゥオダの遺訓書』を読み、西洋中世初期と西洋古代の女性著述家に興味がでたので調べようと思ったところ、日本語で出版されている西洋古代中性女性史の本が何冊か出ているものの、書評を見つけることができず、ざっと見ただけではあまり違いがわからなかったので、何冊か完読することになってしまいました。各書それぞれ長短があり、これ一冊でOKというような書籍がないため、それぞれについて要点を紹介することにしました。


【1】古代ギリシア・ローマ



1.『古代ギリシアの女たち アテナイの現実と夢』中公新書 桜井万里子著

 未読ですが、古代ギリシアの女性史の入門書として適しているのではないかと思います(※2018年4月読了。古代ギリシア一般ではなく、前5-4世紀のアテナイの女性史でした)。



2.『古代ローマの女性たち』クセジュ文庫

 原著は1995年の出版で、著者はフランス人ですが、アナール派的な感じのあまりしない、基本的には伝統文献史料を用いたオーソドックスな内容です。共和政期が中心で、量は少なめですが帝政前期までが扱われています。訳者の解説によると、エジプト出土のパピルス文書などを用いた女性史は、以下の『古代ローマの庶民たち』で扱われているとのことです。キリスト教の史料が多くなる3世紀以降は対象外なので、この部分については、後述する藤原書店の著作等に頼ることになります。




 上述の通り、エジプト出土の同時代文書史料等を用いた女性史に一章が割かれています。



4.『女の歴史 <1> 古代1』(複数のフランス人著者の論文集)

 466頁。概ね古代ギリシアを扱っています。アナール派的かつフランス特有の文学的な冗長さも目立ちます。



5.『女の歴史<1> 古代2』(複数のフランス人著者の論文集)

 アマゾンの商品説明には931頁とありますが、これは上下2巻合わせた頁数で、第二巻単体だと約450頁です。概ね古代ローマを扱っていますが、論者によっては一部古代ギリシアを扱っているものもあります。



 概説としては、新書の2冊で十分で、専門書となると、現状4,5をあたることになるのではないかと思います。意外に書籍がない、という印象を持ちました。







【2】西洋中世



1.『中世の女たち』 アイリーン・パウア著(英国人)

 本文150頁程しかないものの、(白黒ではありますが)中世後期の絵画等の図版が多く、西洋中世の女性について、もっとも短時間で済ませたい、とお考えの方、および、13-5世紀の英国の女性史についての概説書をお求めの方に向いているのではないかと思います。原著1975年(ただし著者は1940年に死没しているので、研究内容はそれ以前のもの)。



2.『中世を生きぬく女たち』 レジーヌ・ペルヌー著(フランス人)

 本文370頁程とそこそこボリュームがあり、初期中世約100頁、盛期中世に200頁の配分で、後期中世は40頁ほどです。初期はカロリング朝の話ですが、次にご紹介するドイツ人著者の書籍と比べると、南仏のドゥオダに一章割いてあるなど、フランク王国の中でもあまりドイツ的でない地方の話が中心という印象があります。盛期の話はほぼフランスの話です。文章も、いかにもフランス人っぽい、文学的な文体です。物語的な歴史を好む方には向いているかも知れません。原著1980年。



3.『西洋中世の女たち』 エーディト・エンネン著(ドイツ人)

 上記2冊と比べると、初期・盛期・後期の配分が一番バランスよく、簡潔な文体で本文約450頁と、3冊中もっとも充実しています。社会経済史・法制史中心ですので、登場する人物の記述は簡単すぎる部分があります。人物中心の物語にこだわる方には上記ペルヌー本がお奨めですが、多少厚くでもどれか一冊、というのであれば、本書をお奨めします。原著1984年。



 アイリーン・パウアは1940年死去、他の二人も20世紀初頭の生まれで、上記書籍を出版したのは、老境に入ってからです。この点、次の書籍と比べると若干古いかも知れませんが、基本概要を知るには今でも有用なのではないかと思います。



 とはいえ大きく不足を感じた部分もあります。

 エーディト・エンネンは、中世イタリアの時代区分では、中世後期というのは存在しなくて、中世盛期の後はルネサンス史となる、と明言していました。その上で、エンネンやベルヌー本に共通しているのは、中世イタリアに関する記述がまったく欠落している点が印象に残りました(中世後期=ルネサンス期はある)。イタリア以外でも、スペインや北欧、東欧はほとんど言及されていません。『西洋中世の女性・・・・』という題名は誤解を招きやすく不正確だとの印象を持ちました。中世イタリア(中世初期と中期)の女性については、パウルス・ディアコヌスが家庭教師を勤めたランゴバルド王女や、ローマの娼婦政治を仕切った母娘など少し思い浮かべるだけでもいろいろある筈なので、やはりイタリア人著作家の”西洋中世の女性たち”書籍の邦訳があると嬉しいところです。





4.藤原書店『女の歴史 <2> 中世1』(複数のフランス人著者の論文集)

 本書は、図書館でざっと見ただけなのですが、概ね1980年代までのフランス人学者による研究です。アナール派的な内容で、概ね初期・盛期中世を扱っています。著者たちの世代的には、上述の3冊の著者よりは若い世代なので、より新しい観点からの研究といえるかも知れません。ただちょっと参照したところでは、フランス特有の文学的な冗長さも目立につきました。概説書ではなく、専門書です。



5.藤原書店『女の歴史 <2> 中世2』(複数のフランス人著者の論文集)

 アマゾンの商品紹介には、886頁とありますが、これは2巻通してのページ数です。本書単独では約450頁です。中世後期中心ですが、前期盛期もはいっています。







【3】『世界女性史』シリーズ

 

 優先順位が低いので、まだ図書館で内容を確認できておりませんが、1975年から78年にかけて評論社から全19巻で出版された、『世界の女性史』というシリーズがあり、その第三巻が古代を扱っています。全体的な印象は、前回、前々回でご紹介してきた『世界子どもの歴史』シリーズと同じような古さを感じます。「美の世界の女たち」という題名からは、多分、古典古代の彫刻の話なんだろうなあ、というような。とはいえ、そのうち実見したいと思います。



『世界の女性史3巻 古代 ー美の世界の女たちー』三浦一郎, 秀村欣二, 高橋正男共著 ; 秀村欣二編 評論社1976.11






【4】その他雑感



1)女性史の可能性



 今回いくつか本を読んでみて一番インパクトがあったのは、西欧中世に関しては、女性史の本が、「西洋中世史概説書」としてそのまま使えるのではないか、との印象を持ったことです。女性史の本とはいえ、「女性だけ」が扱われているわけではなく、登場する大抵の女性は通常の歴史の本に登場する人物の妻であったり親族であったり、知名度の低い女性の場合も、商人の妻や寡婦として働いていた、というような内容だったりするので、男性もかなり登場します。やろうと思えば、女性に軸を据えた世界史の教科書というものも成り立ちうるのではないか、と思いました。ジェンダー意識の強い女子高とかで、そういう教科書を採用した教育を行なうようなところがでてきてもおかしくないのではないか、と思った次第です。<<2018/Mar/24追記 それに近い書籍が既に出版されていました。『歴史を読み替える-ジェンダーから見た世界史』>>



2)家族史との関係



 20世紀半ばまでの女性史は、たまたま歴史に名を残した有名人(クレオパトラとか楊貴妃とか)を扱うような人物女性史だったわけですが、20世紀後半から、一般女性を対象とした女性史にシフトしたことが理解できました。背景にはフェニミズムの影響やアナール派など日常生活を研究対象とする歴史学の進化があるとのことですが、そのため、女性史(や子どもの歴史)は家族史と不可分な部分がある、ということが理解できました。が、家族史の方に重心がいってしまう記述も多々目につき(その理由は家族史そのものの研究が遅れていたために、女性史を論じる前に家族史に立ち入らざるを得なくなるため)、まだまだ研究が緒についたばかり、という印象を受けました。今回参照した書籍は古いものが多く、最新研究は、個別の論文にあたらなくてはならないようなので、それらについてもそのうち読もうと思っています。



3)世界の2/3の歴史もまだまだ闇の中



 世界の半分は女性であり、概ね成年男女は2/3、残りの1/3は子どもであることから(近代以前は、少年少女死亡率が高く、大人になる前に寿命が来る人が大半であったことから、人口比率では子どもの数が近代よりも高くなる)、女性と子どもの歴史はもっと注目されてもよいのではないかと思います。史料が少ないという根本的な制約はありますが、中学生にもなればネットで発言できる現代よりも以前の世界では、世界の2/3の人々の存在があまりに意識されにくい、という点は、常に意識しておきたいものだと思いました。



4)その他の時代・地域 



 今回なし崩し的に女性史と子供の歴史に手を染めることになってしまいましたが、これらはずっと避けていたテーマでした。



 理由は、知れば知るほど、碌でもないことがわって気が滅入りそうだったから(子どもの歴史は学生時代に読んだアリエス『子供の誕生』の影響が大きい)。



 特に宋代以後の中国史とイスラーム史とインド史(あと若干共和政ローマ時代にも)の女性史にはそのような印象がありました。その後イスラーム史については、予想以上に酷いこともあれば、意外にそうでもない部分もあったりと、 十把一絡げにできないことや、イスラームの属性だと思われていることの多くが、本来イスラーム教と関係のない、地域社会個別の伝統や習慣だったりすることが多く、多様であることもわかってきましたが、根本的に日本語書籍が少ないのが残念です(イスラーム史上の著名女性紹介入門書としては、白須英子著『イスラーム世界の女性たち』(文春新書)というものがあります。他に思い当たらないのが残念です(※評論社『世界の女性シリーズ』(こちら)に前後二冊で中近東の女性史の巻があります)。



 共和政ローマについては、今回クセジュ文庫を読みましたが、あまりイメージは変わりませんでした。共和政時代についてはあまり面白くもなくてなかなか読み進められず、結局はしょって帝政時代を読んでから共和政に戻る、という読み方になってしまいました。まあでも、碌でもないことが多い一方、マシなことも多々あるから、諸文明や人類は発展してきたのだと思うことにしています(ビザンツの女性史本も日本語書籍はなく、女性に関する著作としては、后妃を扱ったもので井上浩一著『ビザンツ皇妃列伝-憧れの都に咲いた花』(白水uブックス)くらいしかなさそうで、社会史として一般女性を扱った日本語書籍がなさそうなのが残念です)。



 中国女性史については、各時代の女性史に関する専門書籍もいくつかでてきているようなので、そのうち調べようと思います(とりあえず、『宋代庶民の女たち』(汲古選書-36-柳田節子著/2003年)というものを買ったのですが、裁判事例を用いた離婚や相続の論文で、最近は減ってきてはいるものの、典型的な日本の中国史の伝統研究書の文章でした。ちょっとハードルが高いので当面読めそうもありません)。

 通史書籍としては、井波律子著『破壊の女神 中国史の女たち』(1996年)が一番とっつきやすいように思えました。関西中国女性史研究会編『中国女性史入門-増補改訂版-女たちの今と昔』も目を通しましたが、ほぼ20世紀女性史という感じです。他にも何冊か”中国女性史”的タイトルの書籍が出ていますが、どれも清末以降を扱っているようです。

(2018/Feb/09 追記『大唐帝国の女性たち』感想(こちら)、『唐宋時代の家族・婚姻・女性』感想(こちら)、新刊『中国ジェンダー史研究入門』(2018年1月31日発売(目次はこちら)。中国女性史専門書の日本語書籍について少し探したところでは、意外に明清代のものが見つからないような気がしました。今回出版された『中国ジェンダー史研究入門』は、全時代に関する各論集ですが、目次を見る限りでは、これまで目にした中国女性史本(近代以降が多い)に比べれば、各時代のバランスが非常によく取れているように思えます。書店で実見し、よさそうだったら購入予定(というか、先週池袋のジュンク堂本店にいったのですが、目に入らなかったようです(あるいは既に売れてたのかも)。




5)結語



『ドゥオダ』の影響は大きいものがありました。昔『更科日記』を読んだことがあるのですが、目的は古代の景観、特に関東の景観を知るためで、回想記という観点で読んだのではありませんでした。今回突然中世の女性の回想記としての重要性に思い至って読み返し、『蜻蛉日記』で挫折しているところです。蜻蛉日記は長いので、当分挫折しておくとして、短いものならと、『十六夜日記』が収録されている中世日記文学集を購入したのですが、現代語訳ではありませんでした。どうやら、『十六夜日記』は現代語訳がないようなのですね。。。。取り合えず十六夜日記もおいておくとして、十六夜日記などの記述や科学計算を用いて中世の東海道の復元を目指した榎原雅治著『中世の東海道をゆく―京から鎌倉へ、旅路の風景(中公新書)』を読み、現在同著者の『室町幕府と地方の社会』を読んでいるところです。室町時代、特に義持・義教時代は昔から興味があるところではあるとはいえ、『ドゥオダ』によって広まった読書への影響は大きなものがあります。その『ドゥオダ』も、もとは昨年視聴した西ゴート映画『アマーヤ』で戻ってきた古代末期の興味の延長線上にあるわけですから、『アマーヤ』の影響は大かった、とつくづく思う次第です。



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