今更のような記事ですが、書いてみました。こんなことは誰でも普通にやっていると思うのですが、一応中学生や高校生等の初心者向けに書いています。とはいえ、必要そうな方々にこの記事が届くとはとても思えませんが、、、そもそもこのような文字だらけの長文の文章が読まれるとは思えないのですが、一応書きました。
インターネットには信頼できない情報があふれています。学術の場では、Wikipediaはゴミだと思われているのではないかと思います。しかし、Wikipediaも、史料や資料・書籍を探す場合や、項目の性質を知るには役に立つことも結構あります。まず、wikipediaにある、Wikipediaへの批判の記事を読み、まずそういうものである、ということを理解した上で利用することが必要です。
1.Wikipediaの世界史記事のどこを最初に見るか
私の場合、本文を読む前に、史料出典の記載、他言語の数と言語の種類、本文の長さ、ノートの有無、履歴をまず見ます。これらの事項は、記事の(ある程度の)信頼性と有用性を確認する手っ取り早い方法だからです。記事の内容を読むのは後回しです。
(1)史料出典
史料出典がない記事は問題です。この点で駄目な記事の例としては、有名なローマ初代皇帝アウグストゥスの記事です。アウグストゥスは、ローマ史上非常に重要な人物で、記事は5万5千バイトあります。しかし、日本語版Wikipediaの記事には、史料一覧がありません。本文中と参考文献で、辛うじてスエトニウスの皇帝伝と神君アウグストゥスの業績録が上げられている程度です。脚注も4つしかなく、5万5千バイトと長文な文章の各部は何が出典なのかわかりません。こういう場合は西洋の記事であれば、まず英語版の記事を確認します。Primary Sourceという項目があり、たいていの場合一次史料を確認することができます(そうして、カエサルなどと異なり、アウグストゥスは、有名な割には意外に一次史料・同時代史料が少ないことに驚く人もいるのではないかと思います)。
一次史料の記載がなくても、学術書籍などの出典資料が記載されていてれば、そこから史料にたどり着けるため、一応記事としての役割は果たせたことになります。しかし、インターネットの便利さのひとつは、書籍の場合冗長となり、コストに見合わなくなる程分厚くなるため割愛されるような細々とした情報も掲載できることです。いちいち英語版の記事に飛ばなくても、日本語版の記事に直接記載があれば、調べる時間も少なくてすみます(アウグストゥスの記事を私が修正しない理由は、事例として残しておくためです)。
ただし、近現代史となると、史料は膨大であるため、近現代史については、史料ではなく、有用な研究資料へ辿り着くことができやすい記事ほど、まともな記事である、ということができます。
(2)他言語の数と言語の種類
Wikipediaの記事の左側に、他言語版の記事へのリンクがあります。この数を一瞥するだけで、その人物の重要性がある程度推し量れます。例えば、シドニウス・アポリナリスという人物は、日本語含めて29言語版があり、マイナーな人物としては、意外に重要人物であることがわかります。読書や、ネットサーフィン等をしていて、未知の人物が登場した場合、他言語記事の数を一瞥するだけで、その人物の重要性がある程度推し量れる点は、Wikipediaの有用性のひとつです(だからといって言語数が少ない人物の重要度が必ずしも低いというわけではありませんが、大まかな傾向としては、重要度と他言語数は比例しています)。逆に、日本以外の、世界史の記事なのに、わずかな数の言語でしか記事がなく、日本語の記事だけが異様な長文である場合は、あとで本文を読む時にチェックします(後述)。
(3)本文の長さ
続いて本文の長さを一瞥し、本文の長さと他言語数を比較します。日本語版の記事があまりにも短いにも関わらず、他言語記事の数が多い場合には、日本語の記事が不十分である可能性があります。こういう記事に遭遇した場合、西洋関連とインドのものはまずは英語の記事を、中国関連のものは、(百度百科含む)中国語の記事を参照します。他言語の数が少なく、英語等他言語版でも短い場合は、あまり重要ではない人物・事項である可能性が高いと判断しても間違いではない可能性が高いことになります。事項によっては英語の記事も短い場合もあります。その場合は、対象となっている事件のあった国や人物の国の言語版を参照することになります。例えば、日本語も英語の記事も短いのに、スペイン語の記事が長文であるような記事がある場合は、スペイン語圏では重要人物である可能性があります。ただし、英語以外の西洋諸語圏で、ある国の言語だけ長文の記事がある場合、単にマニアックな人が長文の記事を書いているだけの場合もありますので、通常は英語の記事で十分です(インドの場合は知識人はだいたい英語ができますからヒンディー語等現地語よりも英語記事の方が充実しており、中近東も、欧米が主体で研究を行ってきた結果、西洋語の記事が充実している傾向にあります(今のところ)。中国史に関する記事は、中国語が一番充実しています。こういうわけで、英語中国語スペイン語で世界史記事の大半をカバーできます)。(インド・ヨーロッパ語族の諸言語は、文法構造が酷似していることから、元は同一の祖語から分岐したと考えられており、Google翻訳などの自動翻訳がかなり有用です。英語に翻訳して内容を確認すると良いでしょう。インド・ヨーロッパ語の言語を直接日本語に自動翻訳するのは避けた方がいいでしょう。英語はネットの翻訳辞書等を活用して、自力で読むスキルを養うことをお奨めします)。
(4)ノートの有無
ノートに記載がある場合は、なんらかの論争がなされている場合があります。論争がある場合は、大抵は記事自体のヘッダーに、「この記事は独自研究が含まれている」「編集保護されている」等のバナーが貼られていて、その記事に問題があることがわかります。こうした記事については、記事自体はあまり有用ではなく、記事の有用性は、ほぼ、「何が議論されているのか」を知るためだけに有用です。それがわかるだけでも有用、と考えることです。ノートの記載の中には、どうでもいいような口論レベルのものも多いのですが、重要な論点が論争されていることもあり、有用性はあります。世界史の事項の場合、ノートがある記事では、政治的な意図をもった論争も多いため、ノートが記載されている場合には必ず参照した方がいいでしょう(ノートがあまりに膨大な記事は、本文に進む前に退去することをお奨めします。そういう記事は、Wikipediaでは扱いきれない、という意味である、と考えて問題ありません。現実世界でも延々と続く論争となっている筈です)。
(5)履歴
記事の信頼性を知るために、履歴も重要な情報です。記事がロックされていなくても、編集合戦となっていたり、記事が新規に掲載されたばかりで多くの人のチェックを経ていない、等の確認をすることができます。記事に出典の記載がない場合など、最初の記事を記載した人が、何を出典として記事を書き起こしたのか、独自作成か、他言語版の翻訳か、等の情報を知ることができます。
(6)まとめ
記事の本文以外でも、以上のような多くの情報を知ることができます。率直に書いてしまうと、Wikipediaの世界史記事は、記事内容はあまり重要視せず、信頼性の高い学術文献や、出典史料に迅速にたどり着くためのツールであると割り切って使う、くらいの意識で活用する方がよいと思います。しかし、以上の1-5の作業を行うだけでも、記事となっている用語の重要性や信頼性、論争の有無、他国でのその事項の扱い具合の参考になる、というだけでも、情報ツールとしては有用です。
この点で、この段階まで目を通したら、有用そうな参考文献が記載されている場合は、そちらの書籍の方に進むことをお奨めします。あくまで概要を把握する目的で、ざっと本文に目を通すくらいであれば、wikipediaもそれなりに有用です。(人物の生没年や事件の発生年等、党派性が入りにくい基本情報を知るには有用です)。
2.記事本文を読むときの留意点
(1)評伝めいた文章には注意する
世界史の記事の場合、政治的な論争のある記事とともに厄介なのが、個人的な感想や人物評価を書く人が多い、ということです。例えば、ローマ帝国最盛期の皇帝トラヤヌスの記事では、「評価」の項目の後半は、出典史料と出典資料の両方が書かれていません。「後代のローマ皇帝」が送った賛辞は何に書かれているのか、記事が出典としている、中世後期に成立した神話集『レゲンダ・アウレア(黄金伝説)』は、日本語ではどの学術書/翻訳書に書かれているのか、記載がありません。トラヤヌスの記事は、出典史料が掲載されている点ではアウグストゥスの記事より有用です。このように、記事には一長一短がある点には留意する必要があります。しかし、トラヤヌスやアウグストゥスについての概要を知る分には、Wikipediaの記事は役立ちます。歴史家や著名人などの人物評は有用ですが(例えばチャーチルのような著名人がローマ皇帝をどのように評価しているのか、とか)、誰の批評かわからない人物評は読み飛ばすことをお奨めします。
一方で、概要を知るにも役立たない記事もあります。その事例のひとつを以下の3-2に記載します。
(2)その分野の専門家ではなく、専門書ですらない言論人の記事からの引用には注意する(イスラームの宗教学派ハンバル派の記事)
この記事の「評価」の項目の出典は、言論人佐藤優の『「地政学リスク講座2016」-日本でテロが起きる日-佐藤優の地政学リスク講座』一冊だけです。イスラーム学者でも政治学者でもなく、大学院での専攻は現代政治とプロテスタント神学との関わりです。外務省時代もロシアに駐在していた方です。しかも記載されている内容には、ハンバル派の主張の出典が記載されていません。ハンバル派はイスラーム法学主要学派の中ではもっとも原理主義的であるのは確かで、サウジが各地のイスラーム原理主義に支援しているのもその通りだと思います。しかし、サウジアラビアの国家目的が「6世紀の当時に世界を変える(戻す)」ことであるならば、なぜサウジアラビアには600mの超高層ビルや巨大なショッピングモールがあるのか、石油や近代技術を用いた社会を築いている理由が説明できません。そこで記事の、この「評価」を挿入した人を「編集履歴」から特定してみますと、2016年1月2日にHusaという人が編集していたことがわかり、Husaのプロフィールを見ますと、この人は問題利用者で、現在アカウントがロックされていることがわかります。更に利用者Husaのプロフィールのノートの議論をすると、Husa氏が起こしていた問題に関する議論を知ることができます。
このように、政治的なプロパガンダを行う人は、「何かの専門家ではあっても、その分野の専門ではない人」の文章を引用するパターンが目立ちます。自分の主張に沿う文章を専門家の文章から見つけられない(或いは詳しくない)ために、自己の主張に都合のよい文章を言論人や他分野を専門とする人の著作から見つけて出典とするような文章は、まじめに読む必要はありません。
(3)問題のある記事事例
3-1.日本語版の記事が存在しない例
本日時点で、日本語の「世界史」の用語の記事が、日本語版Wikipediaには存在しません(日本の高等学校の教科としての「世界史(科目)」はある)。「世界史」に相当する英語版記事は「World History」です。日本人にとっては「世界史」という用語のもつ分類概念は自明で、議論の余地のない無色透明な存在であることを示しているののかも知れませんが、実際には無色ではありません。日本における「世界史」という概念と教科の成立過程については、近年の学習指導要領改訂に伴いさまざまに議論されています。このあたりの議論に関心のある方は、『「世界史」の世界史』や『新しい世界史へ』などが有用です。日本だけではなく、各国の「世界史」それぞれが、独自色を持つものであることがわかります。
3-2.記事の内容が、歴史学上の重要性とずれている例
上で一度登場したシドニウス・アポリナリスの記事は、現在は若干改善していますが、駄目な記事のひとつです。この記事は、当初作成されたときは、こちらの記事でした。シドニウス・アポリナリスの歴史学上の重要性は一切記載されておらず、どうでもいいとまではいいませんが、ギボンか塩野七生のような物語的歴史書からもってきたような皇帝への発言というエピソードだけが記載されています(現在は出典がギボンとの注釈がついていますが、記事作成当初は出典の記載はなかった。現在の歴史学の水準ではギボンは文学であり出典たりえません)。彼の歴史学上の重要性は、5世紀のガリア・イタリアの同時代史料を残した点にあるのですが、当初の記事にはそれらの記載がまったくありません(あまりにひどすぎるため、私の方で前半部を追記したものが現在のものです)。こういう記事があるため、他言語記事数と、英語版等の外国語記事を確認する必要があるわけです。
3-3.日本語版の記事の内容が、他言語版と違う例
「強制移住」は、歴史上しばしば見られた現象です。しかし、日本語のWikipediaにはこの用語で記事は立っていません。英語版やドイツ語版含め、西洋諸言語にはあります。ただし、「deporation(追放)」という記事名となっています。この西洋諸語の記事は、日本語の「退去強制」にリンクされています。Deporarionは、直訳としては日本語の記事名「退去強制」に近いのですが、記事の内容はまったく異なり、西洋諸言語の記事では「強制移住」が扱われています。西洋語(英独露等)の「deporation」の記事は、国内での少数民族の強制移住(Internal Deporation)と国外への強制移住を扱っており、かつ歴史上の強制移住(アケメネス朝時代からソ連内部での強制移住まで)についての記事となっています。一方日本語の記事は、世界史とは関係のない、現在の日本における出入国管理法違反での国外退去の記事となっています。世界史の記事にリンクを貼っておくのはおかしいわけですが、その国の事情による内容の違い、ということを知る事例記事としては便利な記事です。個人的には、この記事のあり方は、日本は、他国に比べれば、厳密には単一民族ではないものの、海に囲まれた同質度の高い民族であるため、現在の日本における不法滞在の外国人しか主な眼中になく、逆にいえば、日本以外の国の少数民族問題についての感覚については鈍感な部分を象徴しているような印象を受けます。こういうことを知る、という点でも、Wikipediaは有用だと思います。
3-4.誤りがあり、その誤りが特定の党派に利用されている記事
モンゴル軍がアッバース朝の都であるバグダードを征服したバグダードの戦いの記事には、「市民の死者は20-80万、20-100万人、20-200万人」との記載がありますが、これは、モンゴルの残虐性を誇張する方向に誘導する記事となっています。なぜならば、当時バグダードには、そんなに人口はいなかったと考えられるからです。最盛期の150万人という、アッバース朝時代のバグダードの人口推計は、ヒラール・アル・サービー(969-1056年)著(『カリフの宮廷儀礼』という、11世紀の書籍(アッバース朝カリフ・カーイム時代(1031-1075年)に成立した)の第一章に記載のある、バグダートにある浴場の軒数が出典です(『カリフの宮廷儀礼』第一章(こちらに訳文があります))。そこでは、カリフ・ムウタディド(892-902年)時代のバグダード人口推計として、浴場数20万軒に基づく9600万人という、非現実的数字が算出されています。その後の記述では、ブワイフ朝のムイッズ・ウッダウラ(945-967年)時代には浴場数1万7000軒とされ、アズド・ウッダウラ(978-983年)時代には、浴場は5000軒に減少、バハー・ウッダウラ(989-1012年)時代は1500軒、著者の同時代には150件に減少してしまったと記載されています。浴場1万7000軒の推計人口は、1700万人、5000軒時の推計人口は500万人です。バグダードの最盛期の人口推計は、9600万人や1700万人、500万人は非現実として退け、比較的確実そうな、著者の祖父の時代の数字1500軒をもとに算出されたものです。ひとつの浴場に対する戸数は200件、1件あたり平均人数5人=1500*200*5=150万人となり、これが、アッバース朝時代の最盛期のバグダードの人口150万人説の根拠のひとつです。一方、実際の中世バグダードの面積の推定値7000ヘクタールに、20世紀初頭のバグダードの人口密度1ヘクタール当たり216人を掛けると約150万人となることも、150万人説の根拠のひとつとなったようです。しかし、現在では、1ヘクタール当たりの人口100名程度と推計され、最盛期で70万人程度となっているとのことです(『イスラームの都市世界』p14,lassner著『Topography of baghdad in the early middle』p160-168) 。150万人説は、現在では過去のものとなっているのです。
しかし問題はその先です。『カリフ宮廷の儀礼』には、著者の同時代の浴場数は150軒とされており、著作にあるように、1世帯8人と見積もっても、24万人にしかなりません。世帯構成人数を平均5人とすれば、15万人です。アッバース朝最盛期の9-10世紀に70万、11世紀中盤に24万人にまで減少していた人口が、1258年に最盛期の値である70万に回復していたとはちょっと思えませんし、100万、200万はさらにありえそうもない数字です。
寧ろ、その後更にイラクが衰退し、1055年にはセルジューク朝に、12世紀にはファーティマ朝によってバグダードが陥落したことを考えると、バグダードの人口は、10-30万人の間くらいで推移したと考えられるのです。ちなみに、モンゴル軍の襲来で全市民が死んだとも考えられません。なぜなら、その後もバグダードはそれなりの都市として存続しているからです(14世紀のイブン・バトゥータの旅行記などにバグダードの様子が記載されている)。市民の半分が死んだとしても、5-15万程度が現実的な数字でしょう。
さて、バグダートの戦いの記事は、2013年5月時点での過去版の記事(こちら)によれば、「市民の死者90,000~1,000,000人」となっていますが、現在では、「20-200万人」に増えています。この記事は、ノートで激しく議論されているように、ノートを見るだけでも、本文を読む意味はあまりない記事であることがわかるわけですが、以上のように、モンゴル襲来時の人口は、せいぜい総人口10-30万人の想定しかできないにもかかわらず、死者数についての数字が数年前より現在の方が増えている、しかも、最盛期の70万人という推計値さえ上回る値に上昇し続けていることがわかります。もしかしたら今後も、もっともらしい英語の記事や、過去の150万人説にもとづく学術書、もしかしたら、『カリフの宮廷儀礼』の9600万(及び、1700万人、500万人というに同文書に基づく可能な推計)を流用した数字に膨張し続けるのかも知れません。
私がこの記事を修正しない理由は、Wikipwdiaの駄目な記事の見本としておくため以外に、「20-80万人」、「20-200万人」説のwikipediaの記載されている出典「Andre Wink, Al-Hind: The Making of the Indo-Islamic world」「The different aspects of Islamic culture: Science and technology in Islam」を確認するのが大変だからです(典拠として弱い出典ではあっても、実際に目で見て確認しないうちは、削除はできないためです)。ただし、前者は国会図書館にあることがわかったので、そのうち確認するかも知れません。この出典書籍も、Wikipediaでありがちな手法です。よく題名を見ると、前者はインドに進出したイスラームの書籍であることがわかります。バグダードの人口やモンゴルによる征服事件を論じている書籍でないばかりか、中東イスラム史の本ですらありません。後者はイスラーム科学技術の本です。どちらも、バグダードの人口を推計している書籍ではありません。このように、党派的論者が持ち出す文献の多くは、こうした専門外の人が明るくない方面について、たまたま引用した数字や文章であることが多いのですが、これもその典型という感じです(上述のハンバル派における佐藤優本の引用と同じ手法です)。
3-5.世界史の記事であるにも関わらず日本語版が突出している記事
この種の記事は、日本人研究者の成果が特出しているか、政治的意図をもって書いている記事が多く見られます。両者が混交している場合もあります。
事例1.日本語版にしかない記事(イスラーム教徒による宗教的迫害)
この記事は、イスラーム教という外国の宗教の話であるにも関わらず日本語の記事しかありません。注釈は36個と比較的多いのですが、参考文献は3つしかありません。現在の日本には、多数のイスラーム教徒の方が存在していますから、日本におけるイスラーム教徒による宗教的迫害(がもしあるとすれば)の内容が記事となっているのならばともかく、海外におけるイスラームの宗教的迫害について記載されているため、日本語の記事しかない、という点は不自然です。こういう記事は、ノートと履歴を見ます。少数かひどい場合は、単一の人物が記事を作成している可能性があるためです。ノートによると、この記事の場合は、もともと英語版もあったものの、英語版の記事は、独自研究等の理由で削除されて日本語の記事だけが残ったようです。しかし、履歴を参照すると、日本語の記事は、英語版とは独自に作成されていることがわかります。ただし、ある日本語記事の新規作成にノートがなく、一見議論の無い記事のように見えたとしても、英語版の翻訳であった場合、英語版の記事のノートで議論がある記事である可能性もあるため、英語版の記事を一応確認することは必要です。
さて、イスラームによる宗教的迫害の記事の履歴を見ますと、最初の22回の編集者であるIPアドレス222.225.110.222と、次の20回、210.189.145.96、更に次の16回222.225.108.95、その次の8回の222.225.108.78・・・・とIPアドレスを調べてゆくと、作成から約60回くらい、現行記事の32000バイト中27000バイトまでがau one net というプロバイダーであり、かつ東京で記載されています※。つまり、これらは同一人物が書いている可能性が高いと判断できます。続くYODAFON という編集者が41回編集し、ほぼこの二人で38000バイトを越しています。つまり、この記事は、ほぼ二人の人物で書かれた記事だということがわかります。このYODAFONという編集者は、イスラーム教徒による性的マイノリティー迫害も編集しています。この記事を作成したのは222.225.108.78で、宗教的迫害の記事の作成者と同一人物だとほぼ断定できます。こういう記事は(ノートでも指摘されていますが)、一方的な政治的意図で書かれていることが多いため、読む時は、そういう記事だと理解した上で読むことが必要です。しかし中学高校生にとって一番いいのは、他言語記事の状況や、ノートや履歴を参照し、この記事がどういう性質のものであるのか判明した時点で、この手の記事は読まずに、立ち去ることです(あくまで中学高校生を対象とした場合)。32000バイトの長文記事であれば、政治的意見の異なる書籍も多数参考文献に掲載されていてもよさそうなものですが、この記事では参考文献は3つしかなく、しかも1冊は新書です。この記事は、その後、多数の人に編集され、ある程度チェックされている(筈)なので、有用性が皆無というわけではありませんが、一般的には、世界史の記事であるにも関わらず日本語版しかない記事は、スルーすることをお奨めします。逆に、履歴を参照して、最近の編集者が一人だけで、その編集者が記事を大幅に加筆しているような、世界史の項目にも関わらず日本語記事だけしかないような記事は、問答無用で立ち去ることをお奨めします。
※巨大プロバイダーの場合、数か月か数年立つと、IPアドレスの利用地域が変わってしまい、数年後にIP特定ツールで検索をかけると、「現在のIPアドレスの場所」が表示されることもあるので、この点も考慮する必要があります。今回の場合、複数の222.225.108.xxx(類似アドレス)が、同じプロバイダーで、かつ同じエリアであったため、記事が書かれた当時と変更はない、ほぼ断定できますが、同じプロバイダーかつ複数のIPの場所が散っている場合は、IPアドレスが移動してしまった可能性があります。その場合にも、類似アドレスによる当時の書き込みが数日程度連続している場合は、当時類似IPは同じエリアにあり、同一人物が記載していた可能性は高いと考えられます。
とはいえ、ここまでチェックして、どういう性質の記事か理解した上で参照する分には、一応参考にはなります。
しかし最終的には、現在の政治問題に直結しているような世界史記事は、利用しない方がよい、ということです。しかし、あまり現在の政治や宗教情勢に直結していないと思えるような古代ローマにしても、キリスト教を肯定的に捉えるか、否定的に捉えるか、で現在の宗教問題に直結している部分もありますから、この辺の判断は難しいものがありますが。。。。
事例2.長文記事であるにも関わらず出典注がひとつもない(フランシス・フクヤマの書籍「歴史の終わり」)
この日本語記事は、本日現在64000バイトもあります。大変な長文です。にもかかわらず、出典注はひとつもありません。出典のない、本文にあってもかまわないような一文の脚注(出典ではない)がひとつだけあります。これだけの長文の記事に、出典注がひとつもないのは異常です。ちなみに原著の英語版の記事は25000バイトしかなく、半分以下です。この記事を読むくらいなら、フクヤマの邦訳書籍『歴史の終わり』を読むことを強くお奨めします。私は、邦訳版を読んだ上で、記事の内容をかなり確認した上で書いているのですが、『歴史の終わり』に記載のない文言が多数書き込まれています(1992年に出版された書籍に関する記事であるのにも関わらず、記事にはロシアのプーチンやアラブの春が記載されている)。なかには、フクヤマが『歴史の終わり』ではなく、別の書籍や、インタビュー記事などで行った発言が記載されているものもあります。その意味では、「フクヤマ氏の思想」を知る記事としては、嘘ではありません。しかし、記事冒頭で、この記事は、「アメリカ合衆国の政治経済学者フランシス・フクヤマの著作」についての記事だと記載があるのにも関わらず、当該書籍以外のフクヤマ氏の発言が掲載されている、ということは、この時点で、この記事は大いに問題がある、ということです。フランシス・フクヤマの思想をまとめた記事である、と記載する方が誠実です。
また、学者としての正式な著作として世に問うた論文や著作と違い、インタビューや雑誌の記事のような、学者としての厳密性を欠いた、個人的な政治的立場の発言も利用されているところがあります(例えば浅田彰との対談『「歴史の終わり」と世紀末の世界』(1994年)の記載の内容が含まれている箇所)。私はフクヤマ学者ではないため、彼の著作の全てを確認できたわけではありませんが、恐らくこの記事には、フクヤマ氏の文章ではなく、記事の編集者の個人的な政治思想や所感が記載されているものとの印象を持っていますが、出典注がないため、確認することは容易ではありません。フクヤマの『歴史の終わり』という著作に関心があるのであれば、この記事はスルーして、邦訳書を読むことをお強力に奨めします。もし、この記事が、「記事の編集者たちは、自分たちの思想に都合のよいように、フクヤマの著作を利用して、編集者個人の思想を語るための記事である」というものではないのであれば、逐一出典箇所を注記すべきです。しかし、書籍『歴史の終わり』に記載のない内容が多出していることは明白であるため、「フランシス・フクヤマの思想」という記事を別途立て、記事「歴史の終わり」の記事から、別の著作の内容を削除すべきでしょう。そうして、「フランシス・フクヤマの思想」の記事でも詳細な出典を記載して、編集者の個人的思想が入らないようにするべきでしょう。
(3)リンク出典が正しいとは限らない
出典サイトへのリンクは、稀に一般人のサイトや、新聞の娯楽記事のようなものである場合があります。言語に限らずこういう記事はあります。こういう出典に基づいた記載部分はあくまで、そういう情報もある、程度にとどめておくことをお奨めします。ただし、最近では、学術機関がインターネット上に事典を構築していて、信頼性の高いものもあります(例:イラン学事典:エンサイクロペディア・イラニカ)。稀な例ですが、実際に引用元を確認すると、逆のことが書いてあることもあります(私が遭遇した事例では、引用元の著者の方は知らなかったのですが、出版社の性格からして書いてありそうもない内容だったので、引用元を確認したところ、「AではなくB」だと記載されている箇所から「A」の文章のみ引用していたパターンがありました。出典も引用も間違いはないのですが、「著者の趣旨ではない引用」というテクニックも、プロパガンダリストは用いるため、注意が必要です)。一方で、出典が外部リンクである場合、リンク切れのケースもありますが、その場合は、一応リンクされている記事名で検索してみる事をおすすめします。サーバーが移動していて、別の場所に記事が存続している場合もわりと多いからです。
3.Wikipediaを知識の出典としないこと
あくまで世界史の記事についてですが、Wikipediaは、知識の出典とするのではなく、知識にたどり着くためのツールである、との範囲で利用することをが必要です。Wikipediaに限らず、私がやっているこのブログやネットサイト含むネット上の一般サイトも同じです。そこに書いてあることをそのまま信じて出典とするのではなく、信頼性の高い文献を手早く知るためのツールとしての利用にとどめておくことが必要です。信頼性の高い文献に到達するためのリンク等が少ない記事は、いろいろ書いてあっても利用価値がないと思った方が無難です。記事本文を読む上での留意点はいくつもあり、安心して読める記事というものは実はあまり多くはありません。私の場合、むしろ、「書かれていることはどういう性質のものなのか?」を知るために役立っている部分があります。Wikipediaの世界史記事についての本質は、実はこうしたところにあるのではないかと思います。
まとめると、Wikipediaの世界史記事は、
①信頼性の高い文献を手早く知るためのツール(ただしたどり着けない記事も多い)
②書かれていることはどういう性質のものなのか?を知るためのツール(情報リテラシーの訓練になるツール)
という観点では有用です。この記事のタイトルにある、「グローバル時代の」という点はあまり強調できない記事となってしまいましたが、Wikipediaの世界史記事は、他言語の記事を参照してこそ有用性がある、そういう意味で「グローバル時代の」とつけてみた次第です(なお、問題のある記事の事例を掲載していますが、修正していないのは、事例として有用だからです。かりに今後修正された場合にも、2018年10月21日時点の情報としては有用です(あまりに酷すぎる記事には手を入れているものもあります))。
以下蛇足です。
4.高校生の意見
ネットを活用した勉強法とネットの信頼度について、面白い記事があります(2018年3月の記事)。
結論からいうと、ここに登場する高校生の情報リテラシーは高そうです。
①の記事では、インタビュアーの父親が、「Wikipediaとか?」と質問しているのに、娘はスルーしているため、Wikipediaについての意見は不明なのですが、勉強でネットを活用しているといっても、「家庭教師のトライ」のような、比較的信頼度の高い情報源を活用していることがわかります。はっきり言って、これが正解だと思います。情報リテラシーがつくまでは、世界史については、Wikipediaなどは利用しない方がいいかも知れません。
②の記事は、世界史の話ではなく、ネット一般の話ですが、重要な所感が記載されています。
まず、Yahooの知恵袋について、
「 娘 なんか、匿名の人達同士が質問したり、答えあっているサイトがやたら目につく。
父 あぁ、「Yahoo! 知恵袋」のことね。
娘 それそれ! 書いてある答えだって、信用できるかどうか分かんないし、全員匿名だからウソやガセも混じっているはず。こういう情報は根こそぎ消えてほしい。」
この姿勢が正解だと思います。ただし、匿名でなくても、ウソがガセが混じっているのが世の中の現実です。特に政治や宗教がらみの問題では、youtubeや書籍で実名を名乗っていて、それが博士号を持っていても、実は専門外の分野について発言している場合、ウソやガセが混じっていることがあるため、要注意です。専門分野の場合でも、論文はともかく、一般書(新書とか)では風呂敷を広げすぎて、もはやガセとしか思えないことも混じっていることがあります。ごく稀に、高度に政治的な問題の場合は、専門家でさえ、一部の都合の良い史料だけ取り上げ、それが全てだと主張する類のことはあります。中学生や高校生の段階では、こうした問題には近づかない方が良いと思います。
ちなみに、Yahooの検索機能について、
「娘 そうだね。Google一択」「Yahooは使わない」と述べています。
どちらが機能的に良いかどうかはともかく、私のブログのログを見ていても、この傾向は確認できます。ブログを開始した2006年から2012年くらいまでは、Yahooから検索して来る人とGoogleから検索して来る人の割合は、8:2くらいでした。それが2013-15年頃に逆転して、今年の年初では2:8くらいになっています(旧ブログのエキサイトブログの場合。現行のSeesaaのブログではどこの検索エンジンから来ているかのログ機能はないので不明)。個人的にはこれは当然の結果だと思っています。すでに10年前の時点でYahooは斜陽でしたから、企業実力に沿った結果になってきているように思えます。
「父 ふむ、いろんなランキングやまとめ記事が表示されるな。どんな順番でどれから見ていく? やっぱり1位から?
娘 いや、すぐにクリックはしない。まずは1位から10位をざっと眺める。で、興味が湧いたのをクリック。」
「情報をそのまま丸飲みにはしない。1つのサイトで判断するんじゃなくて、必ず複数のサイトをチェックしてお店を絞り込む。」
「テレビの情報だって鵜呑みにできないでしょ。去年、震災ボランティアで気仙沼に行ったとき、現地の人から「テレビは取材したことを勝手に編集して捻じ曲げて報道していた。本当の姿を伝えてくれずに悲しい思いをした」って聞かされて、印象に残ってる」
この話は世界史の話ではなく、良いパンケーキの店を選ぶ話なのですが、世界史用語の検索でも同様です。Googleの上位に来る記事(特にWikipedia)の信頼性が高いとは限りません。テレビに限らず、書籍や新聞等の既存メディア、ネットも、現実の断片を切り取り、編集加工する、という点では同じことです。重要なのは、常に史料と、それを解釈するロジック(が書かれている学術書)、それらにちなんで作られている学術書籍や教科書、「家庭教師のトライ」のような(ある程度)実績のある学習サイトの方が信頼性が高く、また、そこ(史料とロジック)に近づきやすいもの程信頼性が高い、逆にあやふやなことしか書いていない書籍はNG、ということです。
テレビの課題は、ネットのようなハイパーリンクがなく、ソースとなったものの確認に直ぐにいけないところでしょうか。現実的には難しいかと思いますが、テレビの情報の裏取りができるような仕掛け(例えばネット上のテレビ欄に、報道のリソースが全部記載されているURLを掲載し、視聴者がいつでも確認できるようにする、など)ができるようになって来れば、この点は少しは改善するかも知れません。
ちなみに私は、上記高校生の記事は、少し疑っています。娘の回答があまりにできすぎているため、父親の編集者がかなり編集したか、或いは記載者のまったくの創作なのではないかと思ってしまうわけです。個人の写真のような個人情報に繋がるものまで掲載されているとなると、逆に架空の娘の可能性もあるとさえ考えています(写真の人物はモデルだったりとか)。本当である可能性もありますが、あくまで可能性です。記事を引用したのは、この高校生が実在かどうかはともかく、「情報リテラシーがかなり高い」人物として描かれており、その内容がもっともなことであったためです。
(終わり)
追記:
Wikipwdiaの記事に書かれている参考文献の書誌情報ですが、初版の出版年が記載されていないものが多いので注意が必要です。私の場合ですが、80年代に学生時代を過ごしたため、当時の書籍をいまだたくさん持っているのですが、Wikipwdiaの書誌情報では、1990年以降の再販年が書かれているのをよく見かけます。国会図書館検索システムでは、正しい初版出版時の書誌情報が記載されていますので、そちらを参照して確認する必要があります。
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