最近読んだ歴史学方法論書籍(9) 遅塚忠躬『史学概論』 ver1.11

あまり推敲している時間はないので、だらだらした長文となってしまいました。

分厚く重い書籍であるため持ち歩くことはできず、ずっと敬遠していましたが、読み始めてみると、驚くほど読みやすい文章で、実質2日で読了してしまいました。2013年頃に図書館で言語論的転回、特に野家啓一氏との論争の部分だけ読んだ時、小難しい議論で時間のかかる本だとの印象を持ってしまいました。今年春も、『歴史・文化・表象――アナール派と歴史人類学』(1992年)掲載の二宮宏之氏と柴田三千雄氏との対談※で、遅塚氏は、特に因果論にこだわってたため、(アナール派の社会史の人だとは思っていましたが)、基本的に、歴史学が「科学」であることに歴史学の史実性・客観性の根拠の権威を求めるタイプではないか、との先入観ができてしまっていたためです。

※『歴史・文化・表象――アナール派と歴史人類学』(岩波書店、1992年)の出版は1992年だが、収録論文は70-80年代に『思想』に掲載されたものが多い。巻末の対談は、『思想』1979年9月号(663)収録のもの。

今回ちゃんと完読してみて、以上の認識は大きく改められました。本書は、300頁くらいまではするする読めました。このまま徹夜して一気に完読してしまおうか、と思ったくらいです。著者の書き方は、先はどうなるのか?とその先の展開を促す書き方となっていたり、少しひっかかるところがあっても、次の節で説明があり、確かに徹底的でよく練られた構成です。長谷川貴彦氏が「緻密な構成」(『思想』2010年8月号p160)と評したのも、納得できる文章でした。目次から受ける印象とはだいぶ異なった印象でした(目次から受ける印象は、古色蒼然とした方法論に関する歴史哲学書という感じ)。とはいえ、するする読めたのは300頁(1・2章)くらいまでで、その後の160頁(3.4章)は、駆け足に感じ、議論の深みに一部不足を感じました。第二章のメインテーマである、1990年代中盤以降の言語論的転回との著者の格闘が著者の歴史学方法論への大きな挑戦であり、その格闘の深さ・大きさが、深みのある内容に結実した、との印象があります。確かに、狭義の意味での言語論的転回の議論は、本書を以って乗り越えられたといってよい、という意見にはおおむね納得できるものがあります。

私の所感としては、著者が論じたことはほぼ納得できるものなのですが、それでも不足点がいくつか残りました。それは、内容が不足しているということよりも、著者がターゲットとしている内容以外の部分に関してです。


1.史料の少ない時代・地域には適用し難い

前半(1・2章)の不足部分とは、ざっくりいえば、本書の1.2章の史学論が該当するのは、文書史料が豊富でありかつ、史料の多すぎる現代以前、という「近世」にしか該当しない議論である、という点です(現代は、史料・情報が多すぎ情報を収集・加工・集計する過程での恣意性(特になんらかの政治性・党派性)は、通常の社会科学に関してよく知られている話だと思います)。もう少しいえば、西欧とその周辺(東南北欧)の一部、中国/日本/インド/イスラム圏の近世の後半くらいであって、それ以外の地域/時代については、著者が歴史の実在性の根拠とする事実立脚性が、本書で事例として持ち出される18世紀のフランスの事例の史料状況とは大きく異なるため、古代中世に関する事実立脚性については、アプローチが大きく異なることになる、という点です(古代中世についての事実立脚性は、考古学や環境学・自然人類学等の隣接諸科学の諸要素の占める割合が大きくなるように思えます)。

次の不足点は、物語り論です。以下、個別にコメントしたいと思います。

2.物語り論

2-1.実在性・認識論(第2章)

著者は、歴史の構成要素を、構造史・文化史・事件史の三層にわけています。

著者が実在性を論じる根拠は、構造史の実在性と事件史の実在性についてです。文化史については、言語論的転回が大きく該当する、としていて、研究者の解釈の入る余地が大きく、事実立脚性の足場が非常に小さいとしてます。これに対して、構造史と事件史については、事実立脚性は大きく主張できる、としています(もちろん100%といっているわけではなく、確度の話であり、”事実の揺らぎ”も重視しています)。

1)構造の実在性

「反復的な大量現象」(p138等)≒”大量の情報による趨勢”という「揺らがない事実」(p148等各所)≒「実在性」が把握できるのは、「大量性」の確認できる、ほぼ近世についてだけしか該当しません。古代と中世は、特定の指標の長期・広域的趨勢の典拠となる大量の文書史料がないケースの方が圧倒的に多いからです。このため、古代と中世の研究者、あるいは、近世であっても大量の文書史料が存在しない地域の研究者は、本書のこの点(反復的な大量現象)を論拠に「歴史学の科学性」を主張する盾にすることができません。フランス革命史とその前後が著者の研究テーマなのだから、本書の論拠が拡大しても近世内でしか一般化できないのは無理からぬところがあります。その他の時代やその他の地域では、本書に該当するような「事実立脚性」の論拠を論じる別の方法論が必要です(もう各論的にはあるのかも知れませんが、”史学概論”のような一般的な書籍に集約する必要があるのではないかと思います)。つまり、歴史学の事実立脚性は、全ての地域や時代に一元的に同じ論拠が一般化・適用できるものではなく、各時代・地域について、それぞれに詳細に検討されるべきものです。

2)事件に関する、複数の史料による推断

事件史については、複数の史料がある時代については本書記載の通りです。しかし、本書で著者が事件史の事実性の論拠として議論しているエタンプ事件やルイ16世の処刑判決の件は、複数の、しかも詳細な史料が少ないことの方が多い古代や中世には該当しがたいものです。

3)事実立脚性に関するナラティブの介在、に関する記述の不足点

(本書が全面的に該当するわけではない時代についての)私が感じるナラティヴの介入に関する不足点を具体的な事例で記載します。

事実性の高い史料が残っていても、ナラティブは介在しえます。例えば、水中考古学者山舩晃太郎氏の運営する水中考古学のサイト(水中考古学者と7つの海の物語)に掲載された水中考古学概説があります。この概説は水中考古学の実践や、船の技術史の入門として非常に有用なのですが、ナラティブ先行という印象をどうしても受けてしまう点が2点ありました。ひとつは伝統的な通時的西洋中心史観。もうひとつは、”中世暗黒時代”というナラティブです。

西洋中心史観というナラティブは、具体的には、

古代エジプト-ヘレニズムー古典古代(ギリシア・ローマ)-西欧中世・(北欧ハンザ+イタリア海洋国家)-西欧近世ー世界システム論(グローバリゼーション)

というものです。山中氏は、研究状況の紹介記事をこのように並べている、というだけで、各時代の造船技術の因果関係や、造船技術を発展段階論として述べているわけではありません(発展段階論に感じられる部分もありますが)。しかし、共時的な、別の地域からの技術の影響や比較はほとんど言及されていません(具体的には、古代エジプトの造船に対するペルシア湾やアラビア海の造船の相互影響の有無や、ビザンツ時代のイスラーム造船の影響の有無などの言及はありません)。山中氏が拠点とするテキサスの大学は欧米圏なのだから、アジア圏は別の地域研究者が成果発表をすればいい、ということではありますし、このナラティブは、山中氏が研究成果を紹介するアウトプット(歴史像)のみのナラティブであって、彼が研究素材に向かう時には、一切排除されている、と考えることもできますが、この枠内だけでのみ研究していること自体に、前イスラームやイスラーム時代の紅海・ペルシア湾・アラビア海の造船技術の知見がないまま素材にアプローチしてしまうこと自体が(研究の枠組みの問題)、やはりひとつのナラティブだと思えます。

もうひとつは中世暗黒時代というナラティブです。これを感じたのは、「中世地中海の船、東ローマ帝国とヤシ・アダ七世紀沈没船(西暦625年頃)」の記事です。初期中世が、古代盛期より衰退していた(経済的だけではなく、技術的にも)、という先入観が、史料の解釈に影響を与えていないのか、この点が心配です。

歴史学の研究者であれば、このあたりの議論(物語り論)の概要は知っているのが普通ですが、考古学や建築史学、技術史学、古気候学、自然人類学・動物考古学(家畜の実態などを研究する)等々、隣接諸科学の研究者がどこまで知見があるか不明です。現在、歴史学の科学性には、これらのより科学的な隣接諸科学との連携が重要ですが、その隣接諸科学の研究者がこのあたりの議論に不案内で、既存の歴史研究が出してきた、「構築された歴史像」を所与のものとして、史料の解釈に向かう、というトートロジーに陥り、既存のナラティブがスパイラルに強化されてしまう、という事態が懸念されます。そういうわけで、このあたりの議論(言語論的転回や物語り論)は、隣接諸科学の方が参照するような、一般的な史学方法論の書籍にせっせと記載されるべき内容だと思う次第です。

考古学に関するこの循環論法の問題については、『中国歴史研究入門』p333-34にて浅原達郎氏が記載していて有用です。浅原氏は、物語り論について書いているわけではなく、考古学と歴史学の関係について記載しているわけですが、問題の所在は同じです。「ある金石史料の年代について、そのテキストから得られた結論に自信が持てないときに、そのオブジェクトに対する考古学者の分析を援用したとしよう。ところが実はその考古学者が、やはりオブジェクトから得られた結論に自信がもてなくて、ひそかにテキストに対する文献学者の分析を援用していたとしたら、どうなるであろうか」(p334)。


※著者があげる隣接諸科学には、考古学や古気候学はない。主にあげられているのは政治学・法学・経済学・社会学。一応文芸学と美学、人文地理学、社会心理学、民俗学、医学も言及されているが、前4者のように議論されているわけではない(形質人類学は注釈で若干解説がある)。ただし、歴史学は総合科学(p113、p283)だとの認識は示している。

4)唯我論

ここは所感を書き出すと長文になってしまうため、はしょりますが、遅塚氏がここまで排撃しなくてはならない程だとは思えませんでした。大森氏はともかく、科学哲学をやっている野家氏が唯我論となるとはとても思えないのですが(もっとも、遅塚氏は、数学は経験科学ではない、理論科学であると認識しているため(p2、p342)、その認識を踏まえてのことかも知れない)、p212の注56にあるように、ロウ・ナラティヴィストの話をもっと野家氏と詰めることができていれば、ここまで強く野家氏の『物語り論』を排撃することにはならなかったように思えます。上述のように、考古学や古気候学等の隣接諸科学のような、文献学よりも事実立脚性という点で、より科学に近い分野であっても、ナラティブは入り込む隙はあるのであり、その点に不足を感じた次第です。

2-2.物語論/物語り論(3.4章)

著者が執念をかけて戦った(らしい)のが言語論的転回なので(しかもそれは「文化史」という狭義の枠組みに収斂されてしまっているが)、物語論は認識論のレベルでだけ議論されていたのが残念です(遅塚氏はダントーを読んでいないそうなので、この点も残念でした。アーサー・ダント『物語としての歴史―歴史の分析哲学』は現在絶版なので、昨年『メタヒストリー』が出たことでもあるし、文庫版等で再販する機会ではないでしょうか)。

(※2021/Sep/15追記  遅塚氏の出身学部である東大経済学部出身者が中心となって編纂した2021年に公刊された『歴史学の縁取り方:フレームワークの史学史』は、物語り論受容し、遅塚忠躬『史学概論』への経済史学からの補足あるいは応答というべき内容となっており、遅塚忠躬『史学概論』で不足していた部分が、この本でカバーされています。この意味で、遅塚忠躬『史学概論』+『歴史学の縁取り方』セットで、史学方法論書籍としてお奨めできる内容となりました※)

認識論に関する日本の歴史学における受容部分は、著者や他の論者が多数指摘するとおり、新カント派の頃からの話で、20世紀の一時期”科学的マルクス主義”の流行で一時閑却されていただけ、という話なのはよく理解できましたが、本書で「歴史像」の構築や史観、理論と物語り論の関係が論じられていなかったのが残念です。恐らく研究者にとっては、事実立脚性が何よりも重要で、本書も歴史学の研究者を読者として想定しているのだから、”一般読者にとっては、物語り/物語の方がしばし重要である”、という点は、著者にとっては重要ではない、ということなのだろうと思われます。一般向け書籍であっても、研究者が読めば、どこまでが事実立脚度と論理的整合度の高い事実で、どこまでが研究者の解釈と主観の産物なのか自明のことだと考えているのだと思うのですが、しかし一般読者にとっては、その違いはほとんどわかりません。したがって、研究者が書いた一般向け著作物の読者が、「事実立脚性の範囲内でほぼ確定可能な事実」を捨象して、極端な場合は、「解釈」も捨象し、主観的産物であるはずの「理論」と、その理論が史料に適用されて「解釈」された「評価的に(一時的に)決定された”事実」を、「史実」だと理解してしまう傾向があり、これが世間で出回って特定の党派的言説や、あるいは、かなり一般化された「社会的現実」を構成して、現実に社会的威力を発揮する、そこには、ナラティブが大きく介在している、という問題に帰結する話が、本書にはあまり見られない(という印象を持った)のが、私が本書において、物語り論に関して大きく不足だと考える二点目です(一点目は水中考古学のところで記載した通り)。この話は、司馬遼太郎の歴史小説を史実の典拠に持ち出す類の現象と同じです。

 著者は「皇国史観のごとき虚妄と独断」(p265)と記載している一方で、ヘーゲルやマルクスやウェーバーの理論は、虚妄と独断ではない、と考えているように見えます。本書で「理論」と記載されている用語が、「ナラティブ」と記載されていれば、私もあまりひっかからなかったのかも知れません。p264には以下の記載があります(誤解されないように書きますと、私も皇国史観は虚妄と独断だと思っています)。

「歴史学における命題の提示ないし歴史構築像が主観的な営みであるにしても、その主観的な営みが彼個人の単なる思い付きや偏見や独断や迷妄に陥ることを避けるためには、常に「事実」に立脚するだけではなく、先人たちの構築した歴史理論を摂取するとともに、それら既成の理論を批判しつつみずから理論的に思考することが不可欠なのである」

先人たちの構築した理論は、どこまで事実に立脚しているのでしょうか。その先人たちの理論そのものが持つナラティブ(端的な事例としてはヨーロッパ中心主義(西欧中心主義/西洋中心主義)。この場合も、「ヨーロッパ」の範囲をめぐる言説問題が重要となる。これも誤解を招かないように記載しますと、私はアンチ西洋ではありません)の持つ党派性や政治性、それらナラティブの構築性は、著者が第二章で言語論的転回について深く考察したのと同じくらいの紙幅をつくして議論されるべきテーマではないかと考える次第です。特に、狭い範囲の時代/地域を研究しているならばともかく、大きな歴史像の構築の場合、ナラティブは非常に重要なテーマです。私は、ヘイドン・ホワイトの功績のひとつは、大きな歴史像だけではなく、一世紀程度の中規模の歴史像であっても、いくつかのナラティブにグループ分けすることを示したことだと考えています。彼の提示する個別のグルーピングはホワイトの恣意的なものではあるとしても、「ナラティブとして類型化できる」ということを示したことこそが重要です。特に客観的な近代歴史学の代名詞として用いられてきたランケにもある物語性を俎上に上げたことは大きな意義があったと思います。

大きな物語のグループ分けと、物語類型ごとの受容される社会背景、類型ごとの受容者の性格の傾向、人間一般のもつ大きな物語への志向性の解明など、歴史学も物語/物語り論を真面目に検討してやるべきことはまだ多々あるように思えます。たぶん、歴史学側においては、この部分は歴史学がやることではない、という認識が大方なのかも知れませんが、少なくとも言語論的転回に反応した程度には、真面目に対応しなくてはいけない段階に来ているように思えます(この点で近年の呉座勇一氏の姿勢は(テーマは少し違えど)重要だと思います(こちら))。


個人的には、近年ヘイドン・ホワイトの著作が連続して出版され、今年の『思想』3月号で言語論的転回や物語論に関心の高い研究者たちによる特集が組まれ、物語論に感心が集まりそうな様相を見せているのは、よい方向性だと思っています。近年、ビッグヒストリーや、大きな時代像をめぐる書籍が次々と出版され、ベストセラーとなるものも多数出てきているように思えます。しかし、これらの書籍は、一定のナラティヴに分類可能なのではないかと考えていますが、そういうナラティヴ群に分類し、分析した日本語著作がなさそうなのが残念です(私が知らないだけかも知れません)。

 認識論の段階ではなく、構築された歴史像の段階の方で物語り論が重要な最近の事例は他にもあります。今年6月の東大Webメディアの古代ギリシアを専門とする橋場弦氏へのインタビュー(こちら)で語られていたような内容です。

「「衆愚政」という言葉は「気まぐれな民衆が群集心理によって国政を左右する悪質な衆愚政治」という否定的な評価を含んでいる。
しかし、前4世紀のアテネを、「衆愚」という価値判断のあからさまな用語で評価することは問題があり、使用すべきでない。この言葉は古代では使われたが、現在の歴史叙述では使われなくなっていることに注意する必要がある。」

と著書に書き、橋場氏が執筆している高校世界史教科書から「衆愚政」という用語を削除したところ、

「そしたら、現場の高校の先生からクレームが来て。それまで、「ペルシア戦争に勝ってペリクレス時代に立派であった民主政が、ペリクレスの死後に崩壊して『衆愚政』になっていく」という1つのストーリーだったんですよね」

世界史の教師がストーリー(物語)や既存の言説のあり方を重視してしまうのだから、一般読者に至っては、研究者の方が「史実として蓋然性が高いのは・・・」といっているだけでは駄目な段階にきているように思えます。個人的には、上記のように主張する教師が、「この方が教えやすい」と、「衆愚政」を教えるのはOKですが、「衆愚政というのは、実は覚えやすいから、という物語であって、学問的には違うんだよ」を生徒にちゃんといえるくらいの授業をやってほしいと思うのです。しかし現実には難しいでしょう。しかしそのくらいやらないと、歴史学と文学の違いを初心者に理解させることや、物語というものへ依存しがちな人間の体質の自覚化、客体主義の自覚化とその打破はできないように思えます。

あとは細かいところですけれども、趨勢命題を扱ったところでもナラティヴ問題に不足を感じました。

大量の文書が残っているとしても、実は、例えば地域Aは1600-1650年、地域Bは1660-1700年、地域Cは1700年から1760年、地域Bは1750年から1800年、という空間的に離れた史料をつなぎ合わせて、長期趨勢を「構築する」ということは割りと行われていることで、ここにもナラティブが忍び込む可能性はあります。離れた地域の史料をつなぎ合わせてみて長期的傾向が見えたとしても、実は、別の理由で人口がA->B、B->Cに移動していたとか、豊作に影響する気候変動がA,B,C,Dで別々に発生していた、というような可能性はありえます。著者の研究する近世フランスでは、さすがにそういうことはないだろうと思うのですが、ブローデル『地中海』では、16世紀の地中海について、実は「地中海」といいつつ、かなり部分的な諸地域の統計情報がつなぎあわされていて、正直あれは、研究のフレームワークを示しただけで、その後の研究に委ねられる空白部分がかなり多い書籍です。史料が少ない地域/時代では、趨勢命題の実在性には、かなり懐疑的に望んだ方が良いわけですが、著者は多数の史料がある地域/時代の専門家であるため、その他の時代・地域では(本当は近世近代、現代でさえも)、趨勢命題にもナラティブが忍び込むことを指摘できていない点に不足を感じました。もう少し大きな枠組みでいえば、歴史学における「空間」の問題にあまり言及がなかった、という印象があります(著者のいう反省的歴史学(=共時的歴史学)の具体的な歴史学上のあり方とその問題点・課題などはあまり深く論じられていない印象です。林健太郎氏の『史学概論』は内容的には古いものの、当時の地理学理論が歴史学に与えた影響を、一章を割いて論じていたので、本書が林本を更新する意味での『史学概論』という意味ももつのであれば、ブローデルを構造史のところで持ち出すだけではなく、反省的歴史学(共時的歴史学)の議論でも深く論じる必要があったように思えます)。


3.知識の分類体系と「広義の言説」問題

著者は、言説を文化史に押し込めてしまいましたが、例えば、「西洋」「中世」「古代」「イスラーム」という言葉だけでも、その定義や用語が与える印象、学問制度に与える影響には大きなものがあります。そういう広義の言説問題に踏み込めていない点と、知識の分類体系や、それに基づく枠組み・制度自体が孕む問題(羽田氏や桃木氏が近年議論していること)にも踏み込めていない点には不足を感じましたが、それらは近年の羽田氏や桃木氏の書籍を読めばよいので、本書については、仕方がないかも知れません。フランス革命という王道の研究者には、この点はあまり意識できなかったのかも知れません(この点での不足感は、前々回の記事で林健太郎氏『史学概論』の感想に記載したことと同じです。一見説得力のありそうなウェーバーの用いる概念が、非欧米圏に適用しようとすると、西洋中心主義的な言説に過ぎないことが露になることを考えれば、分析概念自体の社会構築性が問われなくてはならない、ということはかなり重要です)。


4.全体所感

本書は目次を見ると、難しそうな用語や、著者独特の用語があるため、難解な書籍に見えますが、実際読むと読みやすい書籍でした(私がこのあたりの議論に学生時代以来かなり馴染んでいるのが主因かも知れませんが)。時々、突然議論が異様に深くなって展開に戸惑うところはありましたが、言語論的転回やポストモダンに対する認識論と具体的な実証研究の関係に関する部分である、本書の前半は白眉だと思います。前半のテーマは、著者にとって一大テーマであったようで、よく近年の議論を吸収しているように思えました。1992年の『歴史・文化・表象――アナール派と歴史人類学一』で因果関係に固執していたのと比べると、本書では因果関係も主観的なものだと言い切っていて、高齢になっても柔軟に進化している点には感心しました。一方後半は、残念ながらアナール派と大塚史学止まり、という、印象を受けてしまいました。著者が”理論”といっているもののナラティブ性を分析し、研究者のナラティブと小説家のナラティブがどういう風に違うのか、共通部分があるのか、を明らかにしないと、研究者の解釈と理論も、文学と違いはないのではないか?と思われてしまうのではないかと思います。そうして、従来の「理論」にあるナラティヴ性をそぎ落とし、それでも一般向け啓蒙書*1に、読者の読みやすさを図るため、あるいは学者の個人的認識としてナラティブである点を明らかにした上で記載する、という自覚化・明確化が必要なのではないかと思います*2。この点では、なんども紹介している『「世界史」の世界史』の総論は(一部17章「現代日本の世界史」の章も。どちらも桃木至朗氏が書いている)、歴史学における物語り論を正面から扱っているわけではないものの、現代歴史学の理論や議論における、実質的にナラティブといえるものに多数言及していて有用です(結局現時点でのもっとも進んでいる見解が伺われる方法論論説は、『「世界史」の世界史』の総論、それを補完するものとして羽田正『グローバル化と世界史』、岡本充弘『過去と歴史』という気がしなくもありません)。

 既に記載しましたが、前半における事実立脚性の議論は、ほぼ近世にしか該当せず、地域によっては近代になってからしか該当しないため、該当しない地域を専攻しようとする学生や研究者には、『史学概論』というタイトルながら、あまり役立たない議論だと思えてしまう部分が多いのではないかと思えます。本書の事実立脚性の根拠があまり該当しない時代・地域の学生や研究者の方は、代わりとなる手法に置き換えて読めばよいわけですが、結局著者は、近世西欧史の方法論=歴史学方法論と考えている世代の方だ、という印象は残るのは、仕方がないかも知れません。

 最後に、個人的に、過去の時空間(歴史)と史料の関係をイメージする画像を貼り付けてみたいと思います。歴史学者ギンズブルグの「ゆがんだガラス」は、この手の議論で必ず登場する事例ですが、私には、ゆがんだガラスより、氷の亀裂の表象の方がしっくりきます。亀裂が史料、透明な部分全て史料から見えない過去の実在。

icre_crack.jpg
 画像はこちらのサイトunsplash.comのIce crack pictures からFreeの素材を引用。別の日本のサイトの氷のイメージの方がよりベターなのですが、フリー画像ではないのでリンクだけ貼ります(こちら)。

余禄:第三章の隣接諸科学についての議論に関連して、最近出版した本で本書を補完するところがある(かも知れない)書籍として、ジャレド・ダイアモンド編修の『歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史』をあげたいと思います。突っ込みどころも多いのですが(サンプリングの対象の恣意性とか、サンプリング数は十分か、とか、統計の加工時の問題とかいろいろとある、特に人類学というよりも、歴史学や社会学に分類できる章については)、この手の手法の問題点を十分理解した上で、社会科学の方法論を歴史分析に適用した事例として参照する分には良いのではないかと思います(とはいえ、実際問題、結論だけ鵜呑みにされて一人歩きしてしまう悪影響も大きいわけですが、、、)。

*1 出典を忘れてしまいましたが、研究者の方は、選書は一般的啓蒙書だと思っていて、読者の多くは専門書だと思っている、という話を読みました。一般書だと考えている選書に安易なことを書くと、読者の中には、「史実」の出典として利用してしまう、という現象が発生する(ウィキペディアの出典に記載され、ウィキペディアの記載をそのまま信じてしまうような読者に拡散・浸透する)、ということは、実際発生しているように思えます。

*2この点に関連して記載しますと、小田中直樹著『歴史学ってなんだ』の、文学と研究者の啓蒙的な歴史書の違いの事例として、塩野七生と本村凌二、南川高志氏の文章を比べた部分は、失敗していると思います。これで納得した人はどれだけいるのでしょうか? 塩野七生にあるナラティヴとその具体的な記述、創作部分だけではなく、塩野氏のナラティヴ、及びナラティヴと史実(とされる事項)との見分けがつかない、という部分にこそ言及すべきだったと思います。例えば、下敷きにランケのヴェネツィア公文書研究があると思われるヴェネツィア1000年の歴史を描いた『海の都の物語』、モムゼンの『ローマ史』の影響があると思われる『ローマ人の物語』のカエサルの巻などは、ランケやモムゼンのナラティヴを継承していると思われ、その背後には19世紀ドイツ歴史学に色濃くあった国民国家や民族のナショナリズムがあります(私は未読なのでなんともいえませんが、ブルクハルトの影響も受けているものと推測しています)。更にいえば、『歴史学ってなんだ』にてローマ史の話題を出すのであれば、もはや歴史書と小説というテーマではなくなってしまいますが、ローマ史では避けて通れない最大の二つのナラティブ、”キリスト教に対する研究者の立場”、及び”古代ローマにヨーロッパの源流認識を持つ立場”の問題を取り上げるべきでした(関連記事『歴史叙述における異化叙述と同化叙述』)。

※15/Sep/2021 ver 1.1 遅塚忠躬『史学概論』に不足している物語り論を埋める書籍として『歴史学の縁取り方』について追記
※15/Oct/2025 ver 1.11 『歴史叙述における異化叙述と同化叙述』のリンクが誤っていたため修正

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