「言語論的転回」は、日本の西洋史学のある年代以下には比較的受容されているようです。しかし、何が実際に受容されているのか、についてはあまり情報が出回っていないように見えますので、この記事を書いてみました(遅塚忠躬『史学概論』を読んでいる人には自明の内容です)。
1.素朴実証主義の位置づけ
現在、「言語論的転回」については、受容度にばらつきがあり、「言語論的転回」についてのイメージもとらえ方も、人によってかなりバラバつきがあります。端的にいえば、西洋史学以外の人に「言語論的転回」について意見を聞いても、おそらく否定的な回答しか得られません。また、哲学畑の人に聞くと、何が史学にとって重要なのか、まったくわからない回答が得られるかも知れません。この記事ではここを整理することを目的としています。
西洋史学における「言語論的転回」は、括弧付きで書かれたり、「いわゆる言語論的転回」などと呼ばれるように、曖昧に表現されます。一般に、西洋史家でこの用語を使う人は、広義の意味で用いており、哲学畑や言語学畑のプロパーが用いる用法とは少し違っているのが実際です。「言語論的転回」は史料論だけではなく、素朴実証主義批判の文脈でもよく登場します。それでは素朴実証主義は何か?ということが問題となるわけですが、素朴実証主義についても明確な定義はなく、論者によって認識はまちまちです。各者定義が若干異なるので、この話に踏み入ってしまうと迷宮をさまようような感覚に襲われたりします。そこで、以下の図のように、素朴実証主義を19世紀~20世紀史学史に位置付けてみました。
素朴実証主義とは、ランケが確立した史料、中でも史料を執筆した個人の主観が入りやすい文学等の叙述史料ではなく、外交文書や法律文書など文書史料を用いて厳密な史料批判をする研究のことを言います。ランケの言葉は金科玉条のように振りかざされますが、彼がいっているのは、ウォルター・スコットのようなフィクションてんこ盛りの歴史小説とは違い、「実際にあったことを対象とする」といったくらいなのですが、外交文書を用いた外交史/軍事史、法律文書を用いた法律史が成立しました。
19世紀は、経済学/社会学/言語学/文化人類学/心理学等社会科学が成立した世紀です。これらの学問は現在の世界を研究対象としたものでしたが、19世紀末には歴史学に進出しはじめました。すなわち、経済学の理論を古代や中世に適用したり(例えばインフレーションという概念を用いて古代や近世の経済現象を分析・説明したり)、母系社会という、19世紀の民族学(後の文化人類学に発展)で観察された現象を古代に適用したり、マルサスの人口論を古代や中世に適用する、といったようなことが起こり始めました。実証主義歴史学側は、古代や中世にない現代の概念を過去に適用することには慎重であり、抵抗する人々もいましたので、論争が起こりました。社会学との論争については仏シミアンVSセニョボス論争が有名です(人文科学から社会科学への歴史学の転換 : フランソワ・シミアンの歴史的方法批判をめぐって(公開PDF)。社会学が歴史学に取り入れられ定着するには、ほぼ100年近い時間がかかり、20世紀仏アナール派が大きく貢献しました。現在では、社会学の方法論を取り入れたアナール派の手法は、ほぼ普通になってしまっていて、単に「実証主義歴史学」といえば、現在ではこっちの方を示すまでになっています(個人的な印象では、日本で抵抗した実証主義史学の大物は20世紀西洋史の大家増田四郎)。
一方実証主義歴史学は、19世紀末から、大きな史観である歴史哲学からも挑戦されました(唯物史観/社会進化論/文明論等)。19世紀末にはドイツでランプレヒト論争が起こりウェーバーが社会科学から論争に参加しました(ウェーバー『歴史は科学か?』)。こういう歴史哲学は、ランケが放逐したわけですが(ランケのターゲットはヘーゲル)、実はランケ自身には自明の王朝・民族競争史観というものがありましたが、当時は自明のことだったので、ランケの時代的思想性は閑却されました(ランケ自身は自分が客観的だと思っていただろうと思われます)。素朴実証主義は、自らが客観的だと思い込んでいるがため、かえってイデオロギーの自覚や攻勢に弱い側面があります。この点を突かれ、日本の戦前ではヘーゲル史観の覇権西進論を適用し、京大学派の世界史哲学が日本の戦争を正当化するイデオロギーとして影響力を持ち(この思想を推進した京大学派四天王の鈴木成高はランケの『世界史概観 近世史の諸時代』を相原信作と共同で訳しています)、戦後はマルクス主義が影響力を持ってしまいました(西洋史は、マルクス主義については日本史や東洋史ほどは影響されなかった)。しかし全体的には、西洋史は実証主義を堅持し、ヘーゲル史観/唯物史観/社会進化論等はおおむね排撃することに成功し、近代西洋啓蒙主義史観をベースに20世紀を過ごしました。20世紀の日本の経済史では唯物史観(の社会経済史)がある程度影響力を持ったため、実証主義歴史学に経済学が取り入れられることはあまりなくマルクス主義と一緒に排除されてしまい、アンガス・マディソンやカリフォルニア学派に象徴される大きな史観の経済史は、経済学側で行われることになりました。お陰で実証主義的な厳密さを持たない数字遊びのような経済史研究が主に経済学側で行われるようになりました(日本の拠点の一つは一橋大学)。唯物史観や文明論が対象とした分野の研究は、経済史よりもむしろ、現在では実証主義の範囲内でも環境史学やグローバルヒストリーの方に継承されているように見えます(上図でいえば「社会科学を取り入れた歴史学」の潮流です)。
20世紀後半になると、現在ポストモダンと言われている現代思想の潮流が歴史学にも影響を与えるようになり、ポストモダンの影響を受けた史学理論とも素朴実証主義は激突することになりました。
というように、19世紀末から20世紀の実証主義歴史学は、様々な潮流と対決を重ねたため、そのたびに相手側陣営から「素朴実証主義」と批判され、激突しつつも実証主義史学の主流は、社会科学の方法をある程度取り入れたものへと移行してゆきました。従って、現在実証主義の本流といえば、こちらの「社会科学と親和性のある歴史学」ということになり、19世紀以来の古典的文献史料のみを用いる実証主義は、勢力を減らしつつも「素朴実証主義」として現在まで引き継がれています。
上の図を見ればわかるように、現在の歴史学にとって重要な潮流は、社会科学を取り入れた実証主義研究の方にあり、言語論的転回はあまり重要ではありません。なので、「言語論的転回」って何かすごいんじゃないか、歴史学をやるのに必須なんじゃないか?と思って調べている人は、この図を見て、「なんだ、あまり重要ではないのだな」、と判断したら、この記事はここで終了してください。実証主義歴史学を支える基本的な史料批判(セニョボス『歴史学研究入門』がお薦め)の方法やアナール派の業績や内容を学ぶ方(福井憲彦『歴史学入門』がお薦め)が現在の歴史学でははるかに重要です。
西洋史学における「言語論的転回」とは、かなり漠然とした概念で、論者によってはポストモダンの史学論をぼんやりと「言語論的転回」と呼んでいるだけ、だと思っておけばまずは十分です。言語論的転回は、もともと哲学の場で誕生した言葉で、英ケンブリッジ学派や分析哲学と関係があり、一方ソシュールの記号論/言語論との結びつきも重視されていますが、西洋史学における「言語論的転回」は、これらの用語とはあまり関係がありません(以下図を参照)。「言語論的転回」は、西洋思想史ではプラトンとアリストテレスの時代から議論され、中世の普遍論争を経て現在においても議論されている内容/潮流と密接に結びついています。西洋史学では、西洋思想史に馴染んでいる人がわりといるため(更に戦後新カント派三木清の史論が西洋史学系の史学概論本で頻繁に取り上げられていたため)、この概念が受け入れられ易くなっているのです。このあたりの背景が伝わっていない方が「言語論的転回」について発言すると、少し的を外した応答となってしまう、という現象が見られます。「言語論的転回」にまつわる議論においては、発言者の属性を考えてその内容を判断しなくてはなりません。
2.西洋史学における「言語論的転回」の受容
ここで総括的なスライドを用意していたのですが、まずは、表象用語として西洋史学で受容されている「言語論的転回」は、何を意味しているのかを具体的に挙げてゆきます。それはあるパターンの共通する思考方法で、基本的に言語と密接に関連しているため、「言語論的転回」と代表的な表象用語で呼ばれていますが、現在では、「言語論的転回」の議論とまったく関わりない人でも普通に受け入れている思考方法です。以下分野別にあげてゆきます。まず目次です。
これでもわかりにくいかと思いますので、もっとブレイクダウンして、実際の歴史学研究の分野別の例で解説してゆきたいと思います。「A/非Aというのは牽強付会なまとめ方ではないのか?」「どれもばらばらじゃないか」と思う方もおられるかも知れませんが、「言語論的転回」に言及し、親和性があると思われる方々の研究の特徴です。つまり、バラバラなものを漠然と「「言語論的転回」という用語で表象している」ということがお分かりいただければまずは十分です。
法制史の例は言語論的転回と言われているわけではありませんが(「文化論的転回」という用語を用いた事例はあったかも知れない)、言語論的転回と同じ構造を持っています。古代ローマ史ですと、19世紀のモムゼンがAの段階、20世紀中盤のマクミュレン、テンネフェルト、日本だと弓削達が非Aの段階です。法律すべての解釈がこのようなアプローチに転回されたという意味ではなく、そういう解釈の成り立つ法律もある、という話です。次の文学史料の事例は、日本だと佐藤彰一の聖人伝の研究等が有名だと思われます。
上述のような対象Aのみ注目していた素朴実証主義研究と、それ以外の領域(非A)に目を向けた「言語論的転回」以後の研究のアプローチ/思考方法は、特段ソシュールとか分析哲学を持ち出さなくても成り立ちます。つまり、「言語論的転回」について知見がなくても、現在一般的な歴史学研究は十分に行えます。西洋史以外の研究者で誤解されている方は、これらの潮流がソシュール言語学と強い因果関係があり、ソシュール言語学を核とする非科学的なドグマが歴史学の中に流布されている、というようにとらえているような印象を受けます(中国中世史長井千秋氏など)が、それは誤りです。ソシュール記号論を否定したところでも、上述の研究は成り立ちます。しかしながら上記各分野のアプローチは、ソシュール記号論の構図と共通するパターンが見出せることから、西洋史学では方法論の解説メタファーとしてソシュールが理解されている、というのが実際のところなのではないかと思います。
とはいえ、ソシュール記号論と歴史学研究が密接に結びている研究もあります。ある時代のある用語が実際に何を意味しているのか、ということは、史料と向かい合う場合必須かつ重要な問題であり、言語論的転回に指摘されなくても素朴実証主義の時代から歴史学が直面してきた問題です。西洋史では、「コロヌス」が実際に何を意味しているのか、は近代歴史学が成立して以降いまだに大きな問題です。西洋史では、学部生でも入学後ほどなく、「封建制」「コロヌス」「貴族」「法」「資本主義」「自由」「デモクラシー」「皇帝」「王朝/国家」「民族/人種」「文化/文明」など記号(シニフィアン)と実体(シニフィエ)の間に揺れのある様々な概念に遭遇するわけですから、この点他地域の方よりソシュール記号論に接しても受け入れやすい土壌があるのかも知れません(歴史学における「概念」に関しては、佐藤彰一「叙述としての歴史 「学」としての歴史 」(PDF)が有用です)。
続いて「言語論的転回」と社会科学の関係です。
素朴実証主義は、社会科学の受容に大きく抵抗しました。西洋史学における実証主義の「言語論的転回」への抵抗は、寧ろこちらの方面と併せて行われた場合の方が大きかったように思えます。社会科学の受容が100年越しだったのは冒頭のスライドの通りですが、それだけ抵抗があったのには理由があります。
社会学の人口論を適用するくらいならまだしも、古代に「資本主義」とか「官僚制」とか「インフレーション」とか、「市場(シジョウのこと。いちばではない)」を想定して良いのか、古代エジプトのピラミッドは福祉政策だととらえてしまっていいのか、というような、古代は古代の文脈を知ることが研究の目的であり、現代の概念を古代に適用するのはおかしい、という議論です。実際、GDPという概念を古代に適用したアンガス・マディソンの研究などを見れば、そのおかしさはわかるのではないかと思います。しかし社会科学の概念や理論がすべて歴史学と相性が悪い、というわけではありません。
現在では、歴史学内に取り入れられて利用されている社会科学のアプローチは、かなりの批判と吟味と抵抗の末に受け入れられたものも多いので、これらについては、現代の概念を先験的に過去に適用するようなことにならないよう常に留意しさえすれば、さほど問題はないのではないかと思います(現在の問題は、社会科学を取り入れた歴史学側の研究ではなく、社会科学側での歴史研究にあり、こちらでは、先験的に現代の概念を過去に適用し放題なところがあり、しかも屋根上屋根を接ぐようなものも多く、素朴実証主義者が批判するのもよくわかる段階となっているように見えます)。しかしながら、非Aの概念(社会科学の諸概念)を投入することは、史料(A)に無理な解釈を強いることも多く、解釈は研究者の数ほどあり得ますから、様々な学説が乱立して論争になる、ということがありうるわけです。一般の方や学部生の初心者はこの構図を理解し、論争に接した場合、常に史料と解釈についてそれぞれ整理して知るように心がければ、あまり不毛な論争に煩わされることはないのではないかと思います。
こうした社会科学は西欧で誕生したため、社会科学の概念を取り入れる点については西欧史が先行しました。このことが、西洋史学界隈の方々の方が、この議論と共通する構図を持った「言語論的転回」やソシュール記号論の構図を受け入れるのにも親和性があった、ということになるのかも知れません(19-20世紀前半のマルクス主義においては、社会学はブルジョワの学問だとされていたため、マルクス主義史学においても社会学を取り入れた社会史の導入が遅れました。マルクス主義は、自分が歴史哲学であることを差し置いて、科学的歴史学を標榜し、ブルジョワ学問たる社会学の導入に抵抗した、という構図です。決して素朴実証主義の立場から反対したわけではない点注意が必要です(本人たちは自身を素朴実証主義だと考えていた人もいるかもしれない))。
日本の西洋史学では、そもそも記号と概念という、西洋史学における基本的な「言語と概念」の問題意識が強いために、「言語論的転回」に表象される事項と紐づけが容易で、「言語論的転回」という用語も受容されたように思われるわけですが、ダントーやヘイドン・ホワイトに代表される物語論については、西洋史学といえど一部の方しか未だ受容していないように見えます(発言があまり見つからないないだけで受容されているのかも知れませんが)。
歴史学側は、皇国史観やマルクス主義で懲りており、また、歴史哲学と歴史学は、ランケによって(表向き)絶縁したとされていることもあり、歴史哲学にかかわることは表立ってなくなっていますが、これら排除されたとされていたものは、現在では実在論的歴史哲学(ダントー)とか思弁的歴史哲学(ウォルシュ)と呼ばれているものです(この用語もまったく普及していません)。実在論的歴史哲学とは、一般に、「歴史哲学」との用語でイメージされているものです。しかし20世紀中盤から、新カント派(日本では三木清)や分析哲学の影響で、歴史学の方法はいかにあるべきか、を考察する歴史哲学が勃興し、これを批判的歴史哲学(ウォルシュ)、或いは分析的歴史哲学(ダントー)と分けて呼ぶようになりました(しかしこの用語は普及していない。概念については漠然と普及している模様)。
カー『歴史とは何か』は分析哲学系の史論なのですが、著者のカーがソ連研究者で親ソ的であったことから、読者によってかなり異なる受け取り方をされた書籍です。一般読者では、この本が親ソ的で計画経済を称賛しているためマルクス主義的に受け取った人もいるかも知れませんが、実証主義歴史学側では分析哲学的なところに脅威を抱いたようで、堀米庸三『現代歴史学入門』の各所で反駁されています(こちらで紹介しています)。分析哲学系の史論は『神山四郎『歴史入門』がお薦めです(上のリンクで紹介しています)。
この後者の分析的歴史哲学に相当するものは、従来あまり歴史学者に意識されたことがない、歴史学の思考を規定するパターンを論じるようになりました。史料批判や論文ではある特定の、誰もがそれとわかる有名な歴史哲学(実在論的歴史哲学)を前提にした研究はなくなりましたが、潜在的に、研究者がほとんど意識していない次元で実際に様々な暗黙知の思考を持っていて、それらの一部は、いくつかのナラティブ(物語)や認知スキーマに類型化が可能である、として論じたのが20世紀後半に入った頃の、アーサー・ダントーやヘイドン・ホワイトといった人たちです。一般に、物語論というと、「歴史と文学」の関係を扱った内容だと理解されているような気がしますが、誤解があります。歴史研究や歴史叙述には、思考を規定しているパターンにいくつかの類型があると考え、その類型を具体的に論じたのが物語論(ナラティブ論)です。このあたりの議論は日本の歴史学界ではあまり行われて来てはおらず、20世紀に日本でこの話を開始したのは哲学者の神川正彦とその弟子の野家啓一ですが、彼らの議論はほとんど歴史学側には浸透せず、日本の歴史学でこの議論が散見されだしたのは、ヘイドン・ホワイト『メタヒストリー』の訳者岩崎稔氏(『メタヒストリー』の日本語版の出版は諸事情で2018年となったが、実際は2010年に8月には出版目前まで迫り、販売広告まで出ていた)や岡本充弘氏がポストモダン史論の紹介を活発的に始めたここ10年程の話です。日本でこのあたりの議論が深まるのはこれからなのではないかと思われますが、物語論もAと非Aの構図があります。
物語り論(ナラティブ論)は、「因果関係」の他にも、「時代区分」「地域区分」など、歴史学の枠組みを先験的に決めてしまう枠組みの場合もあり、このあたりの議論に知見のない考古学や技術史/科学史など他の学問分野側に属する歴史研究は、この部分の免疫がなく、無意識にナラティブを受容して史料を解釈してしまう可能性があります(時代区分論については、『思想』2020年1月号特集「時代区分論」、考古学におけるナラティブを適用した循環論法の危険性については向井朋生「歴史解釈における考古学」『歴史家のわかること,わからないことー西洋古代史学と歴史関連学ー』所収(PDF))。
日本の西洋史学における「言語論的転回」の受容には、新カント派に影響を受けた思想家三木清の歴史認識論も大きな影響を与えています(三木清の歴史認識論は、戦後日本の史学概論本で頻繁に言及されている)。遅塚忠躬氏は、「テクストの外部には何も存在しない」というデリダの言辞を新カント派的な理解で解釈しているものと思われます(『史学概論』p184-191)。西洋思想との関係では、他にエルンスト・ブロッホの「異化」論もA→非Aへの転回思考を理論化した事例として言及されることがあります(他にボルヘス著作もよく登場する)。
以上、西洋史学における「言語論的転回」の受容状況を、実際の研究事例、社会科学の導入という史学史とからめて解説してきました。A(史料)に対して非A(研究者の解釈や無意識の先入観、社会科学の理論/概念による解釈)の領域が可視化され、非Aとの距離の取り方で議論が出たわけです(作家側からは、作家の想像も非Aとして認めるように、或いは、作家の想像と研究者の解釈は何が違うのだ、との疑念が突き付けられることになった)。重要度で実証主義の基礎とアナール派をだいぶ下回るといっても、「言語論的転回」は重要なことには変わりはありません。
3.「言語論的転回」と素朴実証主義
にも拘わらず、「言語論的転回なんて知りません。重要でもありません。知らなくても研究できます」 という発言がわりと見つかります。
これは、発言者により、意味が異なるため、解説が必要です。
【1】「言語論的転回」について知見がなくても、上述の内容を普段実践できている研究者
【2】素朴実証主義で十分な分野の研究者
【1】のような人々は、無意識に「言語論的転回」に表象される内容を実践できているので、「別段知らなくっても問題ない」ということです。「言語論的転回」に表象されている(上述の)事項が不要だとの意味ではまったくないため、注意が必要です。
【2】の素朴実証主義であっても、研究はできます。しかし、その内容は限定されます。
新たな写本が見つかったり、従来看過されていた史料や地域・分野を研究対象とする場合には、素朴実証主義でも十分成果を上げることができます。過去の研究蓄積の多い、手垢のついた史料や分野を研究する場合、概念の解釈の問題は大きな課題になるわけですが、概念問題に無頓着であっても、未開拓の分野の研究である重要性の前には霞んでしまいます。こういう研究がやりたい人は、「言語論的転回」や社会科学理論導入云々という史学史的展開とはまったく関係なく、19世紀的実証主義研究で十分研究が成り立ちます。「言語論的転回なんて知らなくても研究できる」との回答者がこういう立場の人であり、質問者も素朴実証主義的研究をやりたいのであれば、この問答は成り立っており、全く問題がありません。逆に、質問者が、「言語論的転回」に表象される(上述した)現在主流の研究を将来的に目指しているのにも関わらず、素朴実証主義の方からこのような返答を受けた結果、「「言語論的転回」はスルーでいいんだな」と思い込んでしまうと、将来困ったことになるかも知れません。
また、素朴実証主義は、「常識的感覚」ということに言及することがありますが、世界史では国際学会が普通ですし、各国にまたがった研究プロジェクトもあるわけですから、ある国では常識的解釈であることが、別の国では常識ではない事例にあたった場合、結局そこでそれぞれの国の「常識」(非A)の相違が顕在化する可能性があります(この問題を正面から提起しているのが、羽田正『グローバル化と世界史』1-3章。ここでも言語の問題が顕在化しています)。今後も頑固な素朴実証主義を貫き通せる研究人生を歩める人もいるかも知れませんし、素朴実証主義は今後も一定量は残り続けるけれども、冒頭の図にあるようなポーションが変わることはもうないのではないかと思われます(ポーションが減るとはいえ、実証主義は歴史学の根本的な基礎なので「実証主義」そのものの重要性が低下するわけではありません)。
上記【1】【2】とは別に、積極的に「言語論的転回」を否定したがる人々もいます。それは一部には誤解があるのですが、強く否定したがる人の一部の方は、「言語論的転回を、「歴史学は実在の過去には到達できない」と主張している説だと誤解している」ことにあります。この立場の人々の中には、ソシュールの記号論の「記号は記号内容と関係ない」との説が、「「歴史学は実在の過去には到達できない」との説の科学的根拠とされている」と考え、ソシュール記号論の否定という方向に向かってしまう人もいます(中国中世史長井千秋氏など(こちら))。
しかしこの考え方は西洋思想史では珍しい内容ではなく、むしろ、西洋思想史2500年を貫いて議論され続けてきた一大テーマです。年配の世代の西洋史学の人は、学生時代にこのあたりについて学んでいる人が多いものと思われます。なぜなら、当時の西洋史は今ほど研究が多様化していませんでしたから、英仏独露+古代ギリシア・ローマ くらいしか学部では学べなかった代わりに、西洋思想史の講義を受講してしまう機会が大きかったのです(高校時代の倫社の授業を深く学んだ人もこの手の議論の理解が早いかも知れません)。その西洋思想史では、プラトンとアリストテレスの昔から中世の普遍論争を経て近代の経験論・大陸合理論を経て、現在でもこの実在を巡る認識論争は続いています。この二大潮流は、以下では中世普遍論争の名称を利用して実在論と唯名論として解説したいと思います(21世紀の、最近流行の新実在論ではなく、20世紀の実在論の定義を用いています※)。「言語論的転回」は唯名論の系譜です。極めて単純化すれば、実在論とは、「抽象概念は実在する」と考える立場で、唯名論とは「抽象概念は単なる名前(記号)で、実在そのものではない」とする立場です。
※個人的には最近流行の「新実在論」は、唯名論の多くを取り込んでいて、新唯名論ともいえるものだと考えているため(この点に関しては『新しい哲学の教科書 現代実在論入門』の書評参照)
これが歴史学に適用されると、
実在論:過去は実在する、実在の過去は現在の歴史学者にも認識できる、歴史学者が扱う過去の概念も、歴史学者が描く過去の歴史像も、過去の実在である
唯名論:過去は実在した(三木清のいう存在としての歴史)が、歴史は過去を表象する史料(遺物/文字/記号史料)のことで、歴史学者が到達できるのは過去そのものではなく、過去を表象する歴史の表象(記号)(三木清の事実としての歴史)までである。過去の歴史像は、歴史学者によって構築された構築物に過ぎず(三木清のロゴスとしての歴史)、過去そのものではない
唯名論の歴史観は、絶対的な過去はわからず、歴史学者により研究対象時代の歴史像は変わりうるわけですから、極論すれば、これは絶対論と相対論の対立ということになります。西洋史上で歴史学に関係する思想家や思想は、おおよそのところ、この分類が可能です。だいたいこんな感じに分類できるのではないかと思います。
相対論の系譜(主観性史学) ヘロドトス、アリストテレス、唯名論、カント、イギリス経験論、ランケ、ニーチェ、歴史主義、ヴェーバー、分析哲学、ヘイドン・ホワイト、観念論、文明興亡論、環境可能論、批判的(分析的)歴史哲学、ポストモダン史学
実在論(絶対論)の系譜 プラトン、アウグスティヌス、実在論、啓蒙主義、大陸形而上学、ヘーゲル、マルクス、社会進化論、ランプレヒト、環境決定論、唯物論、普遍、思弁的(実在論的)歴史哲学、
別の並べ方をするとこんな感じです。
プラトン VS アリストテレス
実在論 VS 唯名論
ヘーゲル VS カント
大陸合理論 VS イギリス経験論
マルクス VS ウェーバー
思弁的歴史哲学 VS 批判的歴史哲学
(個人的に、社会学の
パーソンズ VS ピーター・バーガー
もこの系列に収まるのではないかと思っています。「デュルケム VS ウェーバー」を加える人もいるかも知れませんが、個人的にデュルケムにはあまり本質論的なものは感じていないので(今のところ)、私の中では保留にしておきたいと思います)
言語論的転回は、マルクス主義へのカウンターのみのものだと認識している人もいるようですが、この点も違います。言語論的転回は、ポストモダンの字義の通り、近代主義的、19世紀西欧で確立された西洋中心主義を科学的で普遍的実在と見なす世界観や認識を批判しているのであって、批判の対象となるのは上記実在論の系譜に連なる思想全体です。
20世紀前半までは、実在論的世界観に基づいた歴史学が客観性史学だと考えられていましたが、「言語論的転回」後の「客観性」は共同主観/間主観のことを意味するようになり、現在の客観性史学は論理的論証(これも「実証」と呼ばれる)や統計情報(構築的要素が入りやすい)を用いる等、限定された客観性を意識した上で構築されています。従って実在論の系譜が客観性史学と呼ばれることは、20世紀ではありえましたが、現在ではありません(もし、実在論の系譜を「客観性史学」と呼ぶ人がいるとしたら、その人は高い可能性で実在論者だと思われます)。
積極的に「言語論的転回」を否定したがる人々には、意識/無意識にかかわらず、実在論的思考を持っている人がいます。個人的に「過去の実在に届いているか、届いていないか」という話は、個人的信条を出ない分にはどうでもいい話なのですが、一部の人には、自らの信じる信念を実在だとして、チェリーピッキングした論説を組み立てる傾向があるため、注意が必要です(中国中世史長井千秋氏など(こちら)。20世紀フランス歴史学界におけるこの議論については、ジェラール・ノワイエル『歴史学の<危機>』で詳述されています。ノワイエルも、この手の論争は結局は普遍論争に収斂する、と記載しています)。
以上をまとめますと、以下のスライドとなります。
唯名論と実在論は、現在の科学論でも継承されていて、いまだに論点となっていますが、どちらの立場にいても科学研究は可能なので問題ありません。2500年の間、この二つの潮流が対立しつつも全体として科学は発展できたわけなので、研究者の個人的信条にとどまっているうちは問題ないのです。科学の場合は、再現性があるため、新しい理論が機能するかどうかは、実際に再現試験をして検証することができるからです。
実験で証明できる科学に対して、歴史学上の問題は、検証テストができない点です。タイムマシンで過去に戻って検証することはできません。そこで、例えば以下のような争点が出てくるのです。
日本史家の中村政則氏は、「言語論的転回以後の歴史学」(『歴史学研究』779号 2003年9月)p32において、戦後日本で起こった未解決事件の下山事件について、下山定則が死亡した原因は「自殺が有力」であり「かなり真実(the history)に近い解釈」と書いていますが、遅塚忠躬氏は、歴史学が迫れるのは証拠(史料)の残る状況証拠までであって、下山氏の自殺の真実に迫ることはできない、と論じています(遅塚忠躬『史学概論』(東京大学出版会 2010年)p312-15)。中村氏はa history とthe historyを分けて記載していて、the historyを実在論的歴史、a historyを唯名論的歴史、と使い分けています。遅塚忠躬氏の『史学概論』は、唯名論者で言語論的転回論者の野家啓一氏と論争したため、一部で反言語論的転回論者と見られているところもあるようですが、実際には違います。遅塚氏と野家氏の論点は、物語り論と歴史学の研究は過去の実在に届いているかどうか、が論点であって、遅塚氏は、言語論的転回は受容しています(史学概論p184-7)。遅塚氏は、「物語論」は何も参考にならなかった、と否定したものの、実在を巡る論争では、実はほとんど野家氏と同じ地点まで収斂してゆき、しまいにはほぼ「実在に届いているかいないか」を巡る信条の違いだけになってきてしまい、上記中村氏への反論にあるように、もはや実在論者とはいえない地点に至ってしまっているのです。
以上のように、「言語論的転回」と素朴実証主義の関係を整理してゆくと、一部の批判はすれ違いであり、すれ違いではない批判は、実在論VS唯名論 という西洋思想史の二大潮流に行き着くのです。
4.「実証主義」と実在論
西洋史学でおおむね受容されている括弧つきの、いわゆる「言語論的転回」は、定義が曖昧であるため、批判する論者たちの批判ポイントもまちまち一定しないことが多く、この点が混乱を招いています。この記事でこれまで記載してきたように、背景には、西洋史学では、西洋思想史では自明の、伝統的思考に基づくアプローチであるため、まずこの点が自覚され整理された上で、批判論点を整理する必要があります。
まず、哲学畑や言語学畑の言語論的転回の理論面を批判・否定しても意味はありません。議論はすれ違います。非Aの部分は、解釈や想像の部分も多いため、「言語論的転回とは、歴史学を文学やフィクションと混同する運動に違いない。そんなものは実証主義歴史学ではない」と批判するのも筋違いです。哲学畑や言語学畑の議論に詳しい人が、「そんなことは知らなくても歴史研究はできる」と考えるのはその通りですが、”現実に西洋史学で受容されている「言語論的転回」”と、”哲学畑や言語学畑の理論的な言語論的転回” の相違を無視して「知らなくても研究できる」と発言するのは誤解を招きます。西洋史学で現実に受容されている「いわゆる言語論的転回」さえもが「知らなくていい」ことになってしまいかねないからです。
「史料に書いてあることを額面通りに受け取るのが素朴実証主義であり、自分は徹底した史料批判をするので素朴実証主義者ではない」とするのも誤解を招く可能性があります。「素朴実証主義」は、「私は素朴に書いてあることを信じるわけではなく、疑い深い実証主義だ」との言明で登場することが多い用語ですが、この認識がそもそも誤りです。A:非Aの思考方法ができているかどうか、がポイントなのです。「史料に書いてあることを額面通りに受け取らない」というのは、例えば今回法制史の例で記載したように、「何度も発布された法律は、その社会では実際には守られていないのが普通だったのだから、その社会像は法律の文言とは反対なのが実態なのだろう」と解釈したりするものであって、このケースでは、研究者が史実だと解釈しているのは、「まったく史料に書いてない内容」となってしまうわけであり、もしこの方法を否定するのであれば、その人は素朴実証主義者に分類される可能性があります。徹底した史料批判は、実証主義歴史学の基礎であって、その上で「文字史料に書いてないこと」を解釈の上で史実として想定するのかどうかが問われているからです。この解釈が研究者の単なる想像どまりにするのではなく、より説得力のある補強をするには、社会科学が有用です。現在の世界のどこかで、こうした法律運用がなされている事例を見つけることができ、現実的に存在することを学問的精査をした上で理論化できれば、このアプローチは単なる歴史研究者の思い付き/想像ではなく、社会科学によって一応のところはvalidateされた内容となるからです(この部分については伊東公一朗『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』のような社会科学の推論方法論などが有用です)。
以下の図は、「素朴実証主義」と、「社会科学の方法論/理論を適用し、かつ実証主義の手続きを軽視しない研究」と、「実証を欠いた、理論先行の社会科学側の歴史研究」の関係を表したものです。
問題のひとつは、現在の一部の社会科学の著作物は、データを欠いた、或いは多様な観点のデータを精査した結果ではなく、一部の(場合によっては論者にとって都合のよいデータのみにフィーチャーした)社会批評となってしまっている点です(社会学者や心理学者の著作物におおい)。歴史学の概説書と歴史エッセイとの間の厳密な区別が一般読者にとっては曖昧であるのと同様、社会科学の概説書と社会批評との間も曖昧です(次の図)。よって、社会批評をここでいう「社会科学」と混同して「社会科学がいいのであれば、歴史小説だって、作家の想像力だって認められるべきだ」と言い出す人がでてきてしまう可能性があります。よって、社会批評と社会科学との間にも「実証」「論理整合性」「学問的にvalidateされた理論」という一線は引かれる必要があります。
「素朴実証主義」「言語論的転回」という曖昧な定義のままの批判、或いは発言者自身が自分の立ち位置がわからずに批判や矮小化することが、この用語の周辺では横行しています。歴史学において「言語論的転回」に言及している書籍は増えてきましたので、そろそろ「素朴実証主義とは何か?」的な幅広い論者の論集があってもいいのかも知れません(既にあるのかも知れませんが)。
「言語論的転回」批判を整理してゆくと、多くのパターンは誤解やすれ違いだと判明し、だいたいにおいては、「現在の歴史学で普通にやっていること」に落ち着くものと思われるのですが、それでも最後に残る核心部分が抽出されることになります。それは以下の内容となるのではないかと思います。
上のスライドの上と下の例が実在論者。中間は極端な唯名論者です。こういう人が今どのくらいいるのかわかりませんが、批判者がこういう人だとわかった時点で、批判者に対応する人は、各自の考えに従って対応すればよいものと考える次第です。この二つの立場は、2500年の西洋哲学史において長々と継承されてきたように、今後も何度も形を変えて復活してくる可能性の高いものです。膨大な思想的伝統を持つ立場ですから、過去の著作物から、いくらでも正当化できる典拠を見つけてくることができます。問題は、この背景と、その論争に無理に決着をつけようとすることがいかに無謀なことかを知らない人が、片方の立場に依拠してチェリーピッキングをして反駁論を書いたりしてしまうことです。今後、仮にどこかでそうしたものに接したとしても、実在論VS唯名論論争が形を変えて登場したと判断して接することが重要です。長井千秋氏も典拠としているスティーブン・ピンカーの進化心理学の事例もこうした現象の一つです。最近ピンカー氏は、アメリカ言語学会の公式称号の剥奪を唱える公開書簡を同学会員の一部から受けました(こちら)。論争の争点は、ピンカーの学説を支持する側(本質主義/実在論)、逆に批判する側(構築主義/唯名論)双方に極論者がいて、ともに実在論的な決めつけを行っている点にあります(構築主義は、理論的には唯名論の系統ですが、自説のものの見方を教条的に真理のように信仰、他者に強制してしまうと、それは実在論となってしまいます。
実在論/唯名論の極論の問題点は、科学ではまだまだ未解明な部分が多いのにも関わらず、結論的な「真理」を決めつけてしまう心性にあります。科学は常に新しい領域を解明し、前進していますが、少し前進したからといって、すべてが明らかになるわけではありません。しかし、自陣営に少しでも都合のよい研究結果や著作が現れると、自陣営の究極の核心が証明されたとばかりに大上段に振りかざす人(これをイデオロギーという)が出てきてしまうわけです(ピンカーの著作もこの傾向がありますし、今回ピンカーを批判する側も同様です<2021/Dec/10追記:実在論となってしまったポストモダニズムをオリジナルのポストモダニズムと区別して、応用ポストモダニズム(applied postmodernism)、再帰的ポストモダニズム(reified postmodernism(直訳では具象化ポストモダニズム))、と呼ぶ研究もあるようです。これは、ヘレン・プラックローズ&ジェームズ・リンゼイ 著『Cynical Theories: How Activist Scholarship Made Everything About Race, Gender, and Identity - and Why This Harms Everybody(2020年8月)』が用いている区分で、応用ポストモダニズム(1990-2010年)とは、オリジナルのポストモダニズム(1965-1990年)が改良されて産まれた現在の派生的理論のことで、再帰的ポストモダニズムとは、応用ポストモダニズムが主張する世界観が「真実である」と広く確信され、社会にある程度浸透したことで生まれたもの、とのことです。ウェーバーの社会学や宗教社会学の方法論が、大塚久雄等20世紀日本の諸分野の学者に受容される過程で本質主義決定論≒実在論のように受容されたのと同じような現象がポストモダニズムでも起こっていたようです。ブラックローズとリンゼイの本の紹介はこちら。この紹介記事の書評子は、この本は旧啓蒙主義の立場(ピンカー)に寄りすぎ、との立場で記載していることが、末尾補足に記載されています>)。
研究対象Aそのものを素朴に研究していた19世紀から、研究者の偏見や暗黙/解釈といった非Aを意識する研究へとシフトしてきたわけですが、更に研究者の暗黙知をもAとして対象化し、その暗黙知を規定している更なる外部(非A)が浮かび上がり(研究環境や時代思潮等、知識社会学の対象範囲)、更に研究環境や時代思潮をも規定している言語や認知スキーマ(非A)・・・という具合に、このアプローチを徹底してゆくと、玉ねぎのように次々と外部(非A)が見つかり、研究者の主体性さえ疑問にさらされることになってしまうわけです(以下の図)。
実在論的極論者の特徴は、科学とか遺伝子とか、図中の外側の成果を自説に結びつけたがる、という傾向があります。実際にはそこまで証明されていないのにも関わらず。「実証主義」とは、史料による実証であれ、物理や化学や遺伝子研究等の自然科学を用いた実証であれ、緻密な実証を積み重ねてゆくものです。よって「実証主義」的であることは何の問題もありません。史料に書いてない解釈や推論は、社会科学で定義されている推論の範囲内であれば問題ありませんし、作家同様の「想像」を取り込む場合も、「想像」であることが明記され、それが「史実である」とか「歴史の真実」だなどと言わなければ、問題ありません(作家及びその支持者の言動ではよく「これが歴史の真実」というような内容が見られますが、この時点でこの作家も支持者も実在論者となっているわけです)。科学的論理的に証明できない仮説や想像を「真実」と主張する時点で実在論の陥穽に陥っているわけです。
5.まとめ
この記事では以下の内容について記載してきました。
1.素朴実証主義の位置づけ
2.西洋史学における「言語論的転回」の受容
3.「言語論的転回」と素朴実証主義
4.「実証主義」と実在論
結局この記事も長文となってしまいました。「言語論的転回」や素朴実証主義を巡る議論は、議論内容詳細を読めば、論者がどのような立場から発言しているかがわかるのですが、SNSのやりとりのような短文で解説するには困難な議論です。なぜなら、言葉の定義(記号=A)と内容(意味)が曖昧であるため、この議論でわかることは、決して「言語論的転回」が何か、という明晰な定義(A)ではなく、発言者が言語論的転回という記号=Aについてどのようにとらえているのかという態度や立場(非A)の方ががわかる、ということが結論として導きだされる、というパターンとなることが多い議論です。言語論的転回にまつわる議論そのものが、ソシュール記号論やAと非Aの構造を持っている、というわけです。「素朴実証主義」についても同様のことが言えます。
従ってこの議論に接した場合は、発言者がどういう立場から発言しているかを見極めることが決定的に重要です。重要な分岐点は、発言者が(科学的に決定できない仮説や信条に基づいている)実在論者かどうか、という点です(観念論という言葉で「言語論的転回」を批判してきったら、その人は高い可能性で20世紀的実在論者である可能性があります。なぜなら20世紀実在論は現在の基準では観念論であることに気づいていないからです)。議論が唯名論VS実在論の構造をとっている場合は、結論なんて出ませんから、そういう議論だと気づいた時点で距離を置くべき話です。
こういう極論とは無縁の、穏健な実証主義者が実際のところ殆どであり、「言語論的転回」という用語に不信感を持っている人でも、実際には、西洋史学で用いられている「いわゆる言語論的転回」に表象されている思考方法を実際の研究では適用していることが殆どですし、そもそも「言語論的転回」という記号と概念が、元の哲学や言語学の記号定義から離れて実際の現実世界で流通している「現実」は、まさにソシュールの記号論の考え方がアクチャルに観察される、という証明であるように思えます。
推奨書籍
ポストモダン史学の概説書 岡本充弘『過去と歴史』(感想)
遅塚忠躬『史学概論』 1965年から2010年に至るまで史学概論にかかわり続けた人の「言語論的転回」の受容(感想)
佐藤彰一「叙述としての歴史 「学」としての歴史 」(PDF)
実在論と唯名論関連 『新しい哲学の教科書 現代実在論入門』の第三章(ただし唯名論的な内容であるにも関わらず唯名論という用語が登場していないので注意が必要(感想))
歴史学の知識社会学的分析 ジェラール・ノワイエル『歴史学の<危機>』
分析哲学系の史論
神山四郎『歴史入門』(感想)、ウォルシュ(神山四郎訳)『歴史哲学』
中国史に関して批判的/分析的歴史哲学的な分析を行った希少な研究 佐藤正幸(神山四郎の弟子)『歴史認識の時空』
データサイエンス思考の手引き
2021/Dec/10追記:ヘレン・プラックローズ&ジェームズ・リンゼイ 著『Cynical Theories: How Activist Scholarship Made Everything About Race, Gender, and Identity - and Why This Harms Everybody(2020年8月)』が記載するオリジナルのポストモダニズム、応用ポストモダニズム(applied postmodernism)、再帰的ポストモダニズム(reified postmodernism(直訳では具象化ポストモダニズム))に関して追記
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