最近読んだ進化心理学関係の本です。
『心の先史時代』スティーブ・ミズン著、青土社、1998年
『 文化がヒトを進化させた―人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』 2019年、ジョセフ・ヘンリック著、白揚社、
『言語の本質 ーことばはどう生れ進化したか』、今井むつみ、秋田喜美、2023年、中公新書、
『NEXUS 情報の人類史 上: 人間のネットワーク』、ユヴァル・ノア・ハラリ、河出書房新社、2025年、
進化心理学は、先史時代の文化や社会の誕生と発展を探究する学問分野とのことです。進化人類学や進化言語学と重なっている分野とのことで、人類進化を生物学的対象として研究するのが進化人類学、進化心理学のうち、言語発達の側面を研究するのが、進化言語学、とのことです。いずれの分野も、人類が文字を獲得する前の段階の社会と文化を研究対象としているおり、直接の資料は、遺骨や石器などの考古学分野のものしかないため、研究が困難だった分野ですが、20世紀後半から類人猿や幼児・狩猟民族などを対象とした心理学や行動心理学、認知科学、生態学、生物学、認知考古学を動員した研究が多数登場し、20世紀末頃には、これら成果を総合してある程度の経緯を推測できるようになってきたようです。今回は、そうした諸研究を読み込み先史時代の社会、文化、言語進化について全体的な見取り図を描いた書籍を読んで見ました(なお、進化心理学は解釈部分が大きいため、描き出された内容を史実とすることはできないのは言うまでもないことです)。
最初の図Aの横軸は時間軸、類人猿が登場した500万年前から現在、縦軸は類人猿から人類へと進化する過程で、彼らの構成要素が、純粋に生物学・生理学的なものから、やがて社会・文化的要素が発生し、やがて個人の主観や心理といったものが意識されてゆく過程を図に示したものです。今回読んだ書籍のうち、『心の先史時代』は赤線で囲まれた部分を対象とした書籍、『 文化がヒトを進化させた―人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命)』が青線で囲まれた部分を対象としていて、、『心の先史時代』は類人猿の登場から現生人類の狩猟採集社会の時代までを扱い、主に人類の化石や遺物、石器などの分析がメイン、『文化がヒトを進化させた』の方は、現存する狩猟採集民族の分析をメインとしていて、一部前者との重複部分はあるものの、ほぼ現生人類の社会と文化・心理などを対象としている点で棲み分けができています。
図A
次の図Bは、子供の成長過程を図式化したものです。図Aとほぼ同じ構造となっています。これは「系統発生は個体発生を繰り返す」という学説に基づくもので、両者は似通った進化・成長のプロセスを経るものとの仮定の上で、子供の成長を分析し、その結果を人類以外の霊長類(チンパンジーやオランウータンなど)にも適用した実験結果と比較することで、霊長類と、成長過程の各段階の幼児を、進化途上の類似猿と人類の心理や言語発達・文化や社会に見立ててその様相を研究する方法です。進化心理学では、赤枠部分の幼児を対象とした実験が行われ、その結果は進化心理学の分野のどの書籍でも言及されています。今回読んだ進化言語学の書籍である『言語の本質』も、人類の言語の発生と発達を、幼児の言語獲得に見立てて研究と分析を行っているものです。即物的・生物的なオノマトペから、換喩・隠喩(p146)、アブダクションによる、言語の記号化(抽象化)が起こる、としています(著者はこれを、アナログからデジタルへのシフトと呼んでいる。なお、本書で紹介されている認知科学系の実験は、解釈や条件、定義などで異論百出する分野なので、論争を生む分野です。本書のAmazonレビューではいくつも反論が出ているため、どういう角度からの異論が多いのかを知るには参考になると思います。しかし、私の感覚では、反論している方々の殆どがスティーブン・ピンカーやチョムスキー等20世紀の頃の素朴啓蒙主義を暗黙に実在だと考える”実在論者”だとの印象を受ける内容です)。
図B
次の図Cは、系統発生と個体発生の概念を社会や文明の単位に適用したものです。近代以降の社会において、狩猟採集を行ういわゆる未開社会と、調査記録が残っている古代的な文明であるインカやアステカなどの中南米文明、及び近代以降の旧大陸の諸文明が、普遍的な人類の文明の系統発生の特徴を示していると見立てて個々の社会と文化を研究し、その結果を人類進化途上の社会と文化に適用して考察する、という方法を図式化したものです。最初の図Aと図Bは、20世紀に進化人類学や文化人類学という分野が確立されてから成立してきた手法ですが※、図Cの方法は、19世紀頃に確立し、ヘーゲルやマルクスなどの歴史理論の基盤となった古典的な方法であり、進化人類学でも引き続き利用されている方法です。(※ロバート・ニスベット『歴史とメタファー』でナラティブに過ぎないとして強く批判されている)
図C
次の図Dは、図Cの方法を適用してできて来たヘーゲルの歴史哲学を図式化したものです(ヘーゲルの歴史哲学は、学術界ではともかく、一般的な認識では、現在でも西洋中心主義的な世界観歴史観として素朴に広く人々の間で根付いている、未だ現役のものの見方です(現役の論者ではフランシス・フクヤマなど)。
図D
以上のように、19世紀の歴史哲学から21世紀の進化心理学に至るまで、欧米で確立された人類進化と歴史に関する研究は、基本的にどれも同じ図式に基づいていることが見て取れます。
約40年前の学生時代、今でいう人間の行為を生物学・文化人類学・社会学・心理学の手法を用いて総合的に分析することを提唱している『人間行為の生物学』(バーノン・レイノルズ、1976年)という書籍を読み(完読はしていないが)、この分野に大きな興味を持ちました(著者自身はこの分野を、社会学と生理学に跨る分野ということで社会生理学と定義している) 。多くの情報がInputされましたが、中でもよく記憶に残っているものの一つが以下の一文です(あくまで仮説として提示されている)。
「ヒトの出現は、本質的には、それまでに既に高度に複雑な社会的存在であった生き物が、自己認識に到達したという点にあるのである」(p100)
この、自己認識に到達する前(『心の先史時代が主に対象としている社会)と、後の部分(『文化がヒトを進化させた』が主に対象としている部分)についての詳細な研究を読んでみたかったため、今回遂にその部分を扱った書籍が読めて嬉しい限りです(『人間行為の生物学』は、その第二部(p59-116)において、現在でいうところの進化心理学的な分野を扱っているるものの、ほぼ方法論の見取り図を示す段階に留まっていた。この本の第三部は個体発生(幼児を対象とする)の研究のうち、生理学分野に関するもの、第四部は同じく幼児を対象とする研究のうち、社会的行為や非言語的コミュニケーション行為に関する研究(つまり3,4部は発達心理学関連の研究)、第5部が社会学関連の研究となっており、ピアジェの発達心理学やピーター・バーガーの知識社会学、レヴィ・ストロースをはじめとする構造主義人類学が各所で言及されています。バーガー関連に至っては、「知識の社会生物学」という章で「知識社会学」が論じられています(巻末の付録の章では、ウェーバーの『社会学の根本概念』とサルトルの「実存主義とは何か」などが1-2頁ほど引用され、かなり手広く学際的に社会科学の方法論にあたっていることがわかり驚かされます)。
この本と、発達心理学のピアジェ『発生的認識論』や、村上陽一郎『非日常性の意味と構造』(ネオテニーを補完する「社会」の成立など多くの知見が得られた本)、上野千鶴子『構造主義の冒険』などが(当時この用語はなかったが)進化心理学関係に相当する分野の方法論とその要点を教えてくれた本でした。今回、その後の研究成果を概括する書籍を読むことができて満足です。以前、2019年9月に、「影響を受けた学者・著作」という記事で、学生時代に影響を受けた歴史学方法論関連の書籍などを列挙してみたことがあるのですが、この時、
「当時心理学にも興味がありましたが、フロイトやユング、ラカンは文学だとの印象があり、今でも読まなくてよかったと思っています(略)当時心理学で科学的だと思えたのは、認知心理学とピアジェの発達心理学でしたが、人類の心理史や無意識史を研究できるような段階にはまったく至っていなかったことと、この分野に手を出す時間は無くなってしまったため、学生時代はほとんど手を出せずに終わりました(略)近年では、認知科学や生理学が進歩し、認知考古学とか進化言語学や進化心理学などの研究ジャンルが固まってきているようなので興味があるのですが、まだ仮説ばかりの段階のようなので、あと十年くらい様子を見ようと思っています」
と書きました。それから5年半ほどたち、まだ仮説の部分も多いとはいえ、まとまった内容の書籍を読むことができ、嬉しい限りです。人生またひとつ、区切がついた感じがしています。今後もこの分野の書籍を追いかけてゆきたいと思っています。
ところで、今回関連本としてユヴァル・ノア・ハラリの歴史哲学本『NEXUS 情報の人類史 上: 人間のネットワーク』も一緒に並べたのには理由があります。この本は単体では進化心理学とは関係がないのですが、ハラリの『サピエンス全史』の冒頭の方は『文化がヒトを進化させた』の後半部分と重なっていて、図Aの右半分を対象とした書籍といえます。この意味で、『心の先史時代』『文化がヒトを進化させた』の後に『サピエンス全史』を並べると、類人猿の時代から歴史時代を経て現在までの、進化心理学的なアプローチで描かれた人類の全史を読むことができる、ということで、個人的に、三冊一緒のカテゴリーに入っています(かなり歴史哲学的要素が多いとはいえ)。
このように、一応ハラリの著作は今回読了した進化心理学関連本と並べて語られるべき『サピエンス全史』があるため、進化心理学と関係があるといえると考えています。この並びにおいて『NEXUS』は、これらの研究の結果を前提として現在の人類の到達地点を描写している、という点で、進化心理学とも関係があると受け止めているというわけです。図A~Dは、同じ構造を持っています。次の図Eの右側は、図A~Dをまとめたようなものです。図Eの左側は、右側の部分を別の角度から眺めたものです(左側の図の楕円の見方ついては、記事「主観と客観と実在 ~多様な客観の時代における主観と客観のリテラシー」の記事の冒頭部分をご参照ください。図E全体の見方については、記事「人類史観まとめ ver2 」で書いていますが、読みにくい記事なのでそのうち書き直そうと思っています)。社会集団が持つ、主観と客観が、人類社会の進化に伴い、上の楕円の重なりから下の楕円の重なりへと変化していることを示しています。
図E
近年のSNSの急激な拡大は、大メディアによる「客観の統制」を困難にさせ、「多くの客観」の並立をもたらしています。この状況を、SNSがもたらした脅威とととらえる人(主にオールドメディアの客観世界に居住する人々)がいるわけですが、、SNSは単なるきっかけで、もともと現時点の人類は、このような性質を持つ方向に進化してきていただけの話で、SNSはその既にそのような本質を持っている状況を大幅に可視化させただけだ、ということです。そうして、ノア・ハラリの『NEXUS』は、この状況を前提として2020年代の現在の分析を行っている、という点で、今回紹介している一連の進化心理学の本と大いに関係がある、ということになるわけです。『NEXUS上』の冒頭では「共同主観的現実」という用語で図Eの左下の楕円が重なった図に相当する社会状況を解説し、そこに秩序をもたらすのは、「物語の力」であり、真実(誰がみても同意する客観的事実のこと)は必ずしも秩序の維持に寄与しない、とし、秩序と真実の関係を以下の図を用いて解説しています(『NEXUS上』p78から引用)。
「人間の制度はみな虚構に基づいているが(略)、社会秩序が人間の由来するものであることを認めれば、全員を説得してその秩序に同意させるのが難しくなる。私たちのような人間が考案したものなら、なぜそれを受け容れなければならないのか?」(p76)
このようなことを恐れ、史上ほとんどの国家が「人間による修正の余地はないと主張して、秩序の維持を図った」(p77)わけで、20世紀でさえヒトラーやスターリンの全体主義国家が見られたとし、史上の全体主義、及び民主主義の問題点を分析する、というのが『NEXUS上』の内容です。上巻の前半は理論的考察(物語り論、共同主観的現実、秩序・・・)、後半は秩序を維持に関する実際の歴史の考察、下巻は、近年10年程の、コンピューター化された社会とその未来についての考察となっています(下巻はまだ読んでませんが)。
2019年9月の「影響を受けた学者・著作」という記事では、「バタイユを『サピエンス全史』で置き換えるのはかなり違うと思うのですが、最近の作品で近いのはこれしか思いつきません」と書きましたが、この頃よりは、『NEXUS』のハラリはだいぶ置き代えられるようになってきたように思えます。とはいえまだ足りないように見える部分はあります。主に以下の部分です。
バタイユは、人間は、自明で無自覚だった社会ルールや社会構造といったものが自覚化されると、あえて禁を犯したり(禁止の侵犯)、破壊してしまいたがる衝動(呪われた部分/過剰の蕩尽)が、あり、また、地球のおける変化(進化)の原動力は、太陽からの放射エネルギーの過剰と重力の干渉だとして、進化の原動力、とする、との思想を語っているわけですが、実証的な段階ではなかったのが残念でした。これに対し、近年の感じだと、バタイユの段階ではまだ着想に過ぎない、とされていることも、今後の諸学の研究で実証されてゆくかも知れないと思わせられる手応えを少し感じます(既に実証されている部分もあるのかも知れないが)。
このように客観が多元化し、個々人の主観の領域が拡大してゆく中で、全体として秩序を保つためには、人文学や社会科学は有用だと思っています。ただしその有用性は、20世紀の知識人たちが素朴に思い描いていた、知識人の理想をメディアを通じて社会に浸透させ社会統制を図るといったようなものとは大きく意味も内容も異なっているのかも知れませんが・・・・
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