このところ、配信で購入した映画を見忘れて期限終了となってしまうことが続いています。一気に視聴している時間がなかなかとれないため、通常は前半後半2日にわけて視聴しているのですが、直近の例では、親をいつもより早めに22時前に寝かしつけて2時間確保、シャワーを浴びお茶菓子を用意して「さあ見るぞ」と席について再生しようとしたところ、既に終了していました。ということになってしまい、ひさびさに確保できたまとまった時間もその後ネットサーフなど無駄に溶かして終わり。残念な展開が続いています。一方読書の方は面白い書籍が続いていて幸せです。
今回は、17,8世紀のオスマン帝国を扱った書籍です。
私は子供の頃から安定した広域長期王朝や政権の話が好きで、特に安定した中期の時代に強い興味がありました。しかし、一般的な歴史書では、興隆期と崩壊期に記載が集中していて、しかも20世紀の頃は、一般向け書籍のレベルでは社会史もまだそれほど普及していない時期でした。オスマン帝国についても拡大期の終了した、17,8世紀の、安定期のオスマン帝国の社会に興味がありました。最初に読んだオスマン帝国の通史がでてくる本は高校の時に読んだ、講談社世界の歴史シリーズの『世界の歴史 19 ビザンツと東欧世界』(1978年、鳥山成人著)で、この本はオスマン帝国単体の本ではないものの、比較的特定の時代に偏ったりはしていなかったこともあり、後にオスマン帝国単体の本として最初に読んだ『オスマン帝国 イスラム世界の「柔らかい専制」 (講談社現代新書 1097) 』(1992年、鈴木董著)は「悪魔のように美しい」とのサファヴィー朝イスマイール一世に関する一文に射抜かれ、面白く読めたものの、前半の興隆期だけで終わっているのにはひどく物足りなく感じてしまいました。
一般向け日本語書籍として少し中期の社会文化を扱ったものとしては、1998年に出た中央公論新版『世界の歴史 (15) 成熟のイスラーム社会』(永田 雄三、 羽田 正)となると思うのですが、これも社会文化の部分は部分的に登場しているだけ、しかもこの本はオスマン朝とサファヴィー朝で半々の内容なのでオスマン朝の社会文化の記載は多くはありませんでした。2008年講談社興亡の世界史シリーズの『オスマン帝国500年の平和』(林佳世子)となってようやく安定期の扱いが増えてきましたが、とはいえこの本でも、主に17,8世紀(正確には1560年~1770年)を対象とした章は、p169~301の約140頁に過ぎず、「17,8世紀だけ」を対象とした書籍、しかも社会を中心とした書籍を読みたい、と思っていた私にとってはまだいまいちでした。
なんとなく風向きが変わってきた印象を持ったのは、2012年に出た『オスマン帝国の諸相』(山川出版社)です。この本は多くの研究者の論説集なのですが、多くの中期の研究者が、しかも社会経済分野で寄稿していて、いずれは17,8世紀だけを対象とする本もでるかも知れない、と期待を持たせてくれるものがありました。1992年の新書『オスマン帝国』から『オスマン帝国の諸相』まで20年、『諸相』から昨年まで13年、おもえばずいぶん待ちましたが、2024~25年に17,8世紀本が次々と出版されるに至り、感慨深いものがありました。
(1)『第二のオスマン帝国: 近世政治進化論』バーキー テズジャン著、2024年4月、山川出版社
1622年、オスマン二世弑逆事件を中心に、当時のオスマン社会の諸相を描きだした本、との紹介をどこかで読み、当初は、明代後期1587年を対象とした『万暦十五年: 一五八七文明の悲劇』(1989年、黄 仁宇著、東方書店※Amazonでは中文の”万歴十五年”で登録されているため、”万暦”ではヒットしないので注意)のオスマン版、とのイメージを持ちました。『万歴十五年』は、歴史学でいうところの社会史研究ではないものの1587年前後の時代を、皇帝や宰相、将軍といった政治中枢人だけでなく、文人なども含めて、人物を取り上げつつも人物伝ではなく、政治中枢だけではない当時の社会の諸相を描き出そうとした書籍です。1622年の事件前後の社会を描く、ということで『万歴十五年』のような本なのかも、と期待して読み始めてみたのですが、実際そうした印象に近かったのは半分くらいで、残りはかなり違った書籍とのイメージでした。
本書の書評は『思想 2024年7月号〈特集帝国論〉』に本書訳者の前田弘毅氏と佐々木紳氏の書評論説「近世/近代イスラーム帝国論-『第二のオスマン帝国』の拓く地平-」(20頁)があり、私の方でつけくわえることは基本何もないのですが、一応読みながら少し思ったことをメモとして書き出しておくことにします(本書末尾にも訳者解題がありますが、10頁と短いかわりに、『思想』の書評を読む前に端的な解説を知りたい場合には有用です。その前に目次です。
序 論 近世オスマン政治史
第1章 単一市場、単一通貨、単一の法――市場社会と万民法の形成
第2章 王位継承問題――法的監督のもとにおかれた王家
第3章 宮廷の逆襲――オスマン帝国における絶対主義の形成
第4章 二人目のオスマンによる新帝国形成――オスマン2世の時代(1618~22年)
第5章 絶対王政の転覆――弑逆
第6章 顕現する第二帝国――イェニチェリの時代
結 論 オスマン帝国の衰退と近世
第1章 単一市場、単一通貨、単一の法――市場社会と万民法の形成
第2章 王位継承問題――法的監督のもとにおかれた王家
第3章 宮廷の逆襲――オスマン帝国における絶対主義の形成
第4章 二人目のオスマンによる新帝国形成――オスマン2世の時代(1618~22年)
第5章 絶対王政の転覆――弑逆
第6章 顕現する第二帝国――イェニチェリの時代
結 論 オスマン帝国の衰退と近世
本書は大きくわけて、マクロな議論の部分とミクロな分析の部分にわけられます。ミクロな分析とは、私が当初期待した、『万歴十五年』のような内容の部分で、章でいえば3章の後半~6章の部分です。1622年の、オスマン王朝史上はじめての皇帝弑逆事件に言及する諸史料を検討し、事件のあらましはどうだったのか、直接の関係者は誰それか、史料著者はどのような立場と情報源から事件を解釈したのか、との事件の実証的な分析を核に(ただしあとがきで著者が述べているように、分析部分は注に切り出されている。これは初稿を読んだ編集者が読み物としての読みやすさを優先するよう著者に促したため、とのこと)、当時の宮廷や政府の状況、役人や軍人のリクルート先や、彼らの実態、イスタブル社会の変貌、ひいては帝国全体の状況へと次第に分析対象がマクロな規模へと拡張し、最終的には同時代の西欧との比較、西欧近代化という分析軸から当時のオスマン社会を位置づけるマクロ分析(近代政治経済史研究、比較帝国論)へと至る。という構成となっています。
本の記載の順番も、冒頭にもっともミクロな1622年の皇帝弑逆事件を置き、次にその周囲、更にその周囲、というように段階的にマクロな状況を分析する手順で記載すれば少し印象が違っていたかもしれませんが、本書では、長期的広域的なマクロ分析が冒頭に置かれているため、そのマクロ分析が強烈過ぎて、結果的にマクロな議論とミクロな議論が明確にわかれているように見えてしまうところがあります。そうしてそのマクロ分析というのが、西欧中心主義的というか、20世紀の社会科学的というか、正直理論先行の前時代的研究に見えてしまう部分があるのでした。
この部分をよくとらえている文言が前田氏の書評にでているため、いくつか拾ってみますと(p93~94)、
〇「西欧起源の概念を多用すること(例として「近代的な感性」「市場志向の経済」「統合された司法と通貨のシステム」「小さな政府」「平民」等)」(政治学や経済学側の歴史研究によくある、現在の理論用語(しかもそれは欧米起源の概念)を過去に適用する傾向)
〇「図式的あるいはアプリオリな理解が時に先行すること」(上述の西欧起源の理論先行)
〇「レトリック多用のきらいもある。そのため、どうしても「現代」からレトロスペクティブな視点が織り込まれてしまう」(遡及話法の指摘)
〇「著者は必要以上にメタナラティブを好む傾向にある」
〇 R・マーフィーの評の引用として「(マルクス主義的な)経済史上・(貨幣経済への)還元主義かつ懐古主義的アナクロニズムであり、現在の視点の投影に過ぎない」
その最たるものが、(西欧近世的な)「絶対主義」と(西欧近代的な)「立憲主義」の対立軸で1622年の事件を中心とする16世紀後半から17世紀前半期のオスマン帝国中枢における内訌の読み解きであり、封建制から家産制への発展という図式で初期オスマン体制(~メフメト二世)から前期オスマン体制(メフメト二世~)への分析であり、帝国は「単一市場、単一通貨、単一法」「制限君主制」「プロト民主化」を持つ国家へと変貌したとする図式です。
率直にいって、読み始めた時は、1970年代頃まで盛んにおこなわれたウェーバー流の歴史社会学を21世紀の今になってオスマン帝国に当てはめた研究を読まされているのか、と思ってしまいました(ウェーバー流の歴史社会学とは具体的には、以前こちらに書評を書いた『ウェーバーとイスラーム』みたいな研究)。それでも絶対主義とか立憲主義の適用は、誰が読んでも西欧理論の適用とわかると思うので特に強調する必要はないと思うのですが、個人的によりひっかかったのは、「封建制」です。絶対主義や立憲主義を前近代の非西欧に当てはめることについては、世界史を履修している高校生でもひっかかると思うのですが、封建制の方はかなり普遍化してしまっている用語なので、初期オスマンに適用することについて違和感を持たない一般読者は多いかもしれません(前田氏は「封建社会から家産制帝国への移行のくだりはいささか図式的な理解に留まっている」と、きちんと指摘しています)。
私は、イクター制やプロノイア制を封建制だとする20世紀の研究があるのは知っていましたが、初期オスマンが勃興したベイリク時代のアナトリアとバルカンを封建制だと自明のように論じる記述には大きく引っ掛かり、いったいどういう過去の研究がそれを指摘しているのだろうと疑問に思い、ベイリク時代を扱っている手持ちの書籍(一般書が多いが)で、とりあえず封建主義だとの記載があるかどうかを探してしまいました。チェックした本は以下の通り。①と④以外は封建制関連用語の登場箇所を引用しています。
①第三書館『ウェーバーとイスラーム』(1974年、ブライアン・S・ターナー)
②講談社『ビザンツと東欧世界』(p181に、ティマル制は「ビザンツのプロノイア制に由来したともいわれる」「ティマル制はオスマン封建制とよばれる」とある。
③ほるぷ社 『世界の教科書 トルコ2』(1978年、ニヤジ・アクシト)p66「イクターと呼ばれた土地制度は、オスマン時代にはティマール制として非常な発展を遂げた」p67「ティマール・ゼアメト・ハスの封土保有者は、ヨーロッパの封建諸侯のようにはあらゆる権利をあたえられていなかった」
④創文社『比較社会経済史 イスラム・ビザンツ・西ヨーロッパ (創文社歴史学叢書)』(1988年、 クロード・カーエン)
⑤講談社新書『オスマン帝国』(1992年、鈴木董)p192に@ティマール(知行地)」、p199‐200にティマール制適用州の解説があるが、封建主義関連用語は、p192の知行地だけ。⑥山川ブックレット『オスマン帝国の時代』(1997年、林佳世子)p37「ティマール制は、軍事奉仕への代償としての徴税権の分与という意味で、アラブ世界のイクター制、ビザンツのプロノイア制と同源の制度である。この制度の特徴は、上級の指揮官とスィパーヒーとのあいだに、軍事行動時以外には直接の「主従関係」が存在しない点にある」
⑦講談社『オスマン帝国500年の平和』(2008年、林佳世子)p66「オスマン勢力の浸透は平和的に進行し、バルカンの民は封建諸勢力のくびきから解放されたとするトルコ人福音説」との文脈で言及され、「こうした古い理解」とされている。p70にプロノイア制とイクター制との関連について上記⑥と同様の記載がある。
①と④では、ウェーバー的概念でイスラーム史上の封建制が議論されていますが、④ではオスマン朝やベイリク時代についての言及はなく、①ではティマール制への言及部分ではなく、スィパーヒーを封建的軍隊と形容する各所で封建制関連用語が登場いています。いずれも実証的歴史学というよりも、理論先行の社会科学側の、ウェーバー系統の研究であるところが共通しており、日本人研究者の鈴木氏、林氏とも封建関連用語は、鈴木氏の「知行地」、林氏の「古い理解」としての「封建諸勢力」の用語しか登場していません。
そこで本書がベイリク時代について封建主義の概念で分析している第3章第1節を読み返すと、ベンノ・テシィケという学者が「中世ヨーロッパの国際政治に関して示したモデルは、オスマン初期の政治構造を理解するうえで大いに役立つ」とあり、彼は国際関係論の研究者で特にマルクス主義的国際関係論を専門としている研究者とのこと。続いて方法論的な示唆を受けた学者として言及されているハロルド・バーマンは法制史、法哲学、ソヴェト・ロシア法など幅広く扱う法学者、ロバート・ブレナーは経済史家ですが、社会科学側の経済史家のようなので、広い意味でマルクスやウェーバー的手法の分野の研究者、という印象を受けます。私はオスマン史家についてはあまり知見がないため、最初読んだ時には、言及されている学者の身元まで確認しませんでしたが、今再読しつつ調べてみると、当初は、歴史学側の初期オスマン専門家の研究を引用しているのではないかと思っていましたが、そうではないことがわかり、つまりはこのくだりで展開される初期オスマン時代に関する封建主義分析は、どうやら、まさにこの部分で独自に取り組まれた、著者自身のオリジナルな研究分析である、ということがわかりました。
一般的に、ある分野の専門家が、隣接分野に言及する場合、一般人から見ると、隣接分野も同じ分野に見えることがありますが、実際には隣接分野に関しては、その専門家にとっては一般人と同じくらいの認知度だったり、或いは古い研究成果に基づいて論じてしまう、ということは、わりとよく見られるものです。本書の封建主義のくだりを読んだ時の最初の私の印象は、中期オスマン時代の専門家の著者にとって、分野の異なる初期オスマンについては不案内であるため、20世紀の古い、理論先行の社会科学側のグローバルヒストリー的研究に基づいてしまったのかも知れない、というものでした。とにかく読んでいて、『ウェーバーとイスラーム』や『比較経済史 イスラム・ビザンツ・西ヨーロッパ』、更には特に米国で盛んなマクニールやポール・ケネディ、グレン・ハバートといったような政治学、経済学分野の方々が、歴史学研究者の成果物を利用して大局的マクロ的な歴史像や理論を描き出すような書籍群と同類の研究のように感じました。後続の、本書のメインである1622年前後の分析で登場する立憲主義VS絶対主義の理論概念による分析も似たようなところがありますが、この部分は著者の専門とあってか解像度の高いミクロで詳細な分析が行われているため、社会科学的な理論先行の部分は見られるとしても、歴史学的な実証主義的研究(少なくとも一般人の私にはそのように見ることができる)が行われていて、ある程度納得しつつ読めましたが、それでも、詳細な実証手続きに関する文章が抜けていて、まあ著者はそういってるけど、本当は都合のよい史料部分だけに基づいてるんじゃないの?どこまで信じていいのかな~、と半身がまえで読み進めました。
最終的に、ある程度納得できたのは、本文を読了した後で、冒頭の謝辞を読んだ時です。そこでは著者は「ケンブリッジ大学出版会のマリゴールド・アクランドは(略)本書を読むに堪える長さにするにあたり確認してくれたが、それゆえに論文掲載当初から本書の最初の草稿まで残存していたさまざまな部分を削減する必要に迫られた。そこで、脚注に私自身の著作を参照するよう指示することになったのである」と書いていて、私が、論証が抜けていて不満だった部分は、恐らく当初の草稿にはあった可能性が高いことがわかり、ようやくまあまあ納得できる範囲に収めることができた、という次第です。
以上のように、「図式的」「アプリオリな理解の先行」「レトリック多用」「レトロスペクティブ(遡及話法)」「還元主義」「懐古主義的アナクロニズム」「メタナラティブ」「社会科学側の研究」「20世紀の社会科学」のような文言を強調するのは、本書は一般人向けの読者も含むような編集のされ方をしているため、この手の書籍に免疫のない一般読者が読む場合、時に、これら図式やレトリックの方を「最新研究による」とか「本当の歴史」「史実」と受け止めてしまう読者が出てしまう(あるいはそのように刷り込まれてしまう)ことが強く懸念されるからです。私の歴史学本に対する書評は、一般読者に歴史学の面白さを知ってもらい、歴史ではなく、「歴史学」に興味を持ってもらうことを目的としているため、歴史学研究者にとっては自明の諸点を強調する傾向があるわけです。
以上の諸点を踏まえて接すれば、本書は、1622年前後の社会の諸相をあまねく描き出すような書籍ではないとしても、往時のオスマン社会に高い解像度で接近することのできる良書だということになるのではないかと思います。訳者解題では、本書を、オスマン史研究、近世史研究、比較帝国論の三つの分野にまたがる研究であり、論争の書である、としてますが、その通りの内容を期待することができ、懸念点も多々あるものの有用かつ面白い書籍となっていると考える次第です。
(2)『宗教がひしめきあう都市に生きる~法廷記録簿からひもとく一八世紀のイスタンブル~』守田 まどか著、2025年10月、風響社
18世紀初頭のイスタンブルの街区のありかたを史料ベースに分析・描写した、65頁くらいしかない薄い本です。2時間くらいで読めます。以下目次の主要部分です(詳細な目次は出版社のページ(こちら)にありますが、頁番号が入っていないので、各章の配分のイメージはつきません)。
法廷記録簿という史料ベースの論説です。メインである史料ベースの分析をポイントとして内容を分類すると、以下の目次の◎と〇の部分の4つの内容にわけられます。◎の方が〇の章よりもまとまった文章として史料が引用されています。最初の章は、18世紀初頭にイスタンブルを訪れた西欧の訪問者の史料や古地図、現在の写真などを用いて、当時のイスタンブルの概要が解説されます。街区の数、どのような街区があったのか、その街区はどのような統治機構に連なっていたのか、等のあらましの解説。
一 連続性と変化(12)
1 明るい未来の予感?
2 帝都のなりたちと街区
二 近隣関係と宗教(27)
1 まとまる動機、まとめる意図〇
2 貞節と追放刑〇
3 婚姻手続きと街区◎
3 婚姻手続きと街区◎
三 排除と包摂(45)◎
1 一七四〇年の危機
2 よそ者をあぶり出す
3 背後でおきていたこと
おわりに(59)
おわりに(59)
主な分析が行われる4つの内容は以下の通り。
①イスタンブルの街区の具体的なあり方(宗教別に街区が分かれていたのか、だれが街区を代表していたのか?中央政府が街区を把握しようとするに至る時代的な流れなど)
②売春婦追放の法廷史料から見る街区の在り方
③婚姻手続きの法廷史料から見る街区の在り方と中央政府の動機の時代背景
④1740年の反乱前後の勅令史料から見る街区への支配の在り方の変化
このように、当時の史料ベースに当時のイスタンブルの街区を地上目線で眺めることができる内容となっています。18世紀前半だけの様相だけではなく、コンスタンティノポリス陥落後のキリスト教と主体の住民たちを、オスマン中央政府がただちに末端までを支配する集権的統治機構を整備したわけではまったくなく、時代が下るごとにすべての街区にモスクがゆきわたるようになってから、モスクの代表者(イマーム)を街区の代表者として扱うようにするなど、支配開始後数世紀間にわたって「柔らかい統治」が行われていた様子もうかがえました。18世紀初頭のイスタンブルを街区目線で眺めることができた良書でした。
(3)『物語イスタンブールの歴史~「世界帝都」の1600年~』宮下遼著、中公新書、2021年、
中公新書の物語シリーズの体裁の題名ですが、実態は、物語的なエピソードはあまりなく、明らかに「イスタンブルの地誌歴史紀行」或いは「イスタンブル都市発展史」の題名の方がふさわしい内容となっています。ほぼオスマン支配時代の15世紀末から現代までの600年間の内容です。副題に「「世界帝都」の1600年」とありますが、ビザンツ時代の話はほぼありません。本書は一応時代順の章構成となっていますが、イスタンブルのもっとも古い地区の解説の章ではビザンツ史跡を改装したり破壊して跡地に建設した施設が多いため、第一章でいくつかビザンツ時代の史跡やエピソードに言及があるのと、序章の通史部分でビザンツ時代のコンスタンティノポリス史の概説があるくらいです。以下目次に頁と主な内容を括弧で付記しています。市街の古い地域から話をはじめて章が進むとともに街が拡大するため、最初はビザンツ時代~16世紀、その後16~18世紀、やがて旧市街の周辺部分の新市街の章では19世紀~20世紀、しまいには東京と横浜くらい距離のある20世紀後半に発展する地域の章に至る、とイスタンブル都市発展史の様相を呈する内容となっています。
- 序章 世界帝都の記憶と身体(3)(330年の建都以降1950年頃までの約1600年間の通史解説)
- 第1章 世界の中心―旧市街東部・南部(35)(旧市街北部も含む。オスマン征服後最初にこの地区が開発されたため、15世紀末から19世紀だが16世紀の話題が多い印象)
- 第2章 壁外へ至る門前町―旧市街西部(93)(城壁内の西部とその先の城壁外地域。16~19世紀の話題が多い)
- 第3章 愉楽と混沌の異人街―旧市街南部、ガラタ城市とその周辺(133)(15世紀後半~19世紀。ガラタ地区北部は19世紀に開発された施設も多いため、19世紀の話題が比較的多い印象)
- 第4章 都人の行楽地―ポスポラス海峡沿岸(167)(本書の中では異色の内容。史跡や関連エピソードはなく、黒海への玄関口という海峡の位置づけで黒海北岸地域の歴史となってしまっている。このため、10頁程度しかない。もう少し地誌や歴史を語ってほしかったところ)
- 第5章 アジア、あるいはアナトリア(177)(アジア側のウスキュダルとカルケドン地域。発展が活発化した17世紀以降特に19世紀の話が多い)
- 第6章 花開く近代-新市街北部、ペラ、ハルビイェ(199)(一部ビザンツ時代以降数世紀の話題への言及もあるが、ほぼ19世紀~20世紀前半の話)
- 第7章 新都市とバンリュー(239)(20世紀中盤~21世紀)
- 終章 世界帝都の夢を見る世界都市(261)(21世紀)
かなり細かくガイドブックに近いまでに地上50mくらいの高さでイスタンブル歴史散歩をするような感じです。
イスタンブルの歴史の本は日本語でも何冊かでています(『図説 イスタンブル歴史散歩(河出の図説シリーズ)』)鈴木董著、1993年、『 イスタンブール: 三つの顔をもつ帝都 (2005年、ジョン・フリーリ著、NTT出版)、『世界の都市の物語4 イスタンブール』(陳舜臣著、1992年)など、どれもオスマン末期か1950年代くらいまでで、その後のイスタンブルを扱った本は少ない、と著者があとがきで書いているとおり、従来のイスタンブルの歴史の本だけ読んで現地観光にゆくと、現代のイスタンブールの新市街のことは知らずに終わってしまうか、或いは逆に、バラックのような違法建築住宅地域や、先進国のような最先端の新市街を目にして驚く、といったようなことが起こったりします。本書は、そうしたバラック街や先端的新市街の勃興と発展史をもカバーしている点が大きな特徴の一つといえるのではないかと思います。この点で、本書はイスタンブル都市発展史ともいえる書籍となっています。
わたしはリアルでも書籍(バーチャル)でも歴史旅行をする時は、たいていの場合、地方都市や地方の景観の方が先に気になり、首都は最後というところがあります。ビザンツにとっても、一応イスタンブル旅行はしているのですが、2回合わせても12時間程度の滞在時間で、本格的なイスタンブル史跡旅行や、書籍による情報収集はしてきませんでした。しかし今回本書がきっかけで、ビザンツ史跡紀行本としての側面も持つ『ビザンティン建築の謎』(2014年)にようやく取り組むことになったところです。
蛇足:著者が文学史家だからか、本書は近現代のトルコ文学小説からの引用が多く、あまり見慣れない修辞や表現が使われているところがあります。一部のレビューにはこの点が気障りだと指摘されていますが、私はそれほど気にはなりませんでした。このあたりは受け手に依ると思います。ただ一点気になったのは、フランス語になじみのない読者にとっては、バンリューやパサージュという用語がなんの説明もなしに出てくるところは引っ掛かるかも知れません。パサージュの方はパッセージであり、繁華街の文脈からアーケード街だと見当がつく人も多いかもしれませんし、イスタンブルを訪問したことのある人であればすぐわかるのだと思われますが、バンリューの方は、イスタンブルのバンリューでは検索しても出てこないため、フランスとその言語に詳しい人でないとわからないのではないでしょうか(もしかしたら私の見落としで本書のどこかに解説があるのかもしれませんが)。
(4)『真理の天秤―17世紀イスタンブルのイスラーム論争』キャーティプ・チェレビー 著、2025年2月、新泉社
17世紀中頃に役人・文人として活躍した人物の著書の日本語訳です。17世紀オスマン人の著作物ということで、私の興味のど真ん中の書籍であるのですが、購入後、殆ど読まないまま放置状態です。というわけで、この本については感想ではなく、コメントです。内容が少しとっつきにくいというのもありますが、翻訳の構成があまりよくない、との印象があります。
まず驚いたのが、最初の頁の「はじめに」を、ジェフリー・ルイスなる人物が書いている点に面喰いました。アレ?この本は、オスマン・トルコ語の原典からの翻訳だと思っていたが、違うのか?ジェフリー・ルイスという人の著作なの???混乱して「はじめに」を読み終えることができず、そのまま巻末の訳者解説を読むと、この解説も脈絡もなく話題が展開しているようで、意図や構成がよくわからず読み飛ばすことになりました。最後の頁に、「英訳から日本語訳したものを「トルコで出版された校訂本を参考に改めて見直した」とあり、「はじめに」の著者ジェフリー・ルイスなる人物が英訳版の訳者であると、ここではじめて理解できました。しかし校訂版のタイトルがこの部分にもなく、さんざん探して「はじめに」の後に掲載されている目次の更に後の「凡例」の頁に校訂本のタイトルが記載されていました(普通「凡例」だけに原著を書きますかね?)。どうやら「はじめに」は英訳本に掲載されていた部分であるとの見当がこのあたりでようやくついたが、すると本書はやはり原典訳ではなく、英訳本からの重訳本という位置づけとなるのではないか?などと、通常なら不要な部分に時間と思考を浪費させられ、このあたりで本書に予定していたエネルギーがだいぶ消耗してしまいました。
この構成の悪さには、本書の訳者も編集者も、あまり論理的な方ではないような気がしてきてしまい、そのような方々が面白いというのは、もしかしたら文学的な面白さであって、私はこの本は社会批評だと思っていたため、文学なのであれば当時の(あるとすれば)小説や文学作品が翻訳される方が良かった、などと思い始めてしまい、ますます読む気力が低まってしまいました。人にもよるとは思いますが、私の感覚では、末尾解説には、まず、本書の構成と翻訳の経緯が書かれねばならず、「はじめに」のジェフリー・ルイスが誰で、この部分は何に・何を目的として掲載されたもので、なぜ本書冒頭に掲載したのか、校訂版と英訳版は何で、ジェフリー・ルイスが英訳者だとして、彼はなぜ英訳しようとしたのか(もしかしたら本書の西田氏のように、専門研究者ではない可能性だって、このあたりの知識のない一般読者には可能性として想定されるはずなので)、研究者であるとすれば彼は何の研究者なのか、簡単な略歴も伏すべきです。
更に「はじめに」や「訳者解説」の中身の構成もわかりづらい。「はじめに」の第一節の「著者と作品」のうち、冒頭数ページの「著者」の部分ままあ問題ないとして、その後部分がエッセイ的でずらずら述べられているだけで、話がどこに持ってかれるのかよくわからない。あまり集中できないうちに唐突に第一節が終わり、次は突然第二節「イスラーム的背景」となる。なんで?どうしていきなり「イスラーム的背景」なの?この展開の必然性が、そもそも「はじめに」の冒頭になくてはならないと思うわけですが、そうしたものがないため、突然「イスラーム的背景」に話がとび、しかもこの「背景」も、著者とその作品解説との関係が述べられておらず、たんなるイスラームのウラマー学派の紹介となってしまっている。著者の作品と結びつけながら背景を解説するのではなく、イスラームの辞書から引用してきたかのように、まったく独立したパーツとしても存在しうる文章が差しはさまれている。
巻末の訳者解説にも「はじめに」と同じ印象を持ちました。チェレビー初心者にとってはエッセイじゃなくて、解説をして欲しいのですが・・・最初に英訳版から日本語訳を行った西田氏の「訳者あとがき」は、普通に筋道だって訳出の経緯や本書の特質が端的に記載されていて(本書はエッセイないし随筆集、とあるところなど)、普通に読める「解説」だったのでここだけ安心して理解しながら読めましたが、他の部分(「はじめに」と「訳者解説」)は目が泳いでしまってダメでした。
このあたりで先入観が出きてしまったので、本文もあまり論理構成に配慮のないエッセイなのだろう、、、、と思い始めてしまったため、実際いくつかの章を読み始めたところ、どうにも目が泳いでしまい、読み続けられず、放置状態となったのが今いる地点です。
何年間か放置していても、あるとき何かのきっかけ※て読み出し、一気に読了、なんてことはままあることですから、本書もしばらく寝かせておいて、その時がくることを待ちたいと思います。※興味のポイントを指示してくれる感想とか
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余禄:選挙について
今回の選挙については別途記事を書こうといくつか数字を調べてみたのですが、あまり結論めいたものは得られなかったため、こちらの記事の余禄に少し書いておわりたいと思います。
(1)消費税と為替と税収とGDPの話
個人的な関心は、消費税は、マクロ経済的にどのような位置づけにあるのかを、為替との関係で知ることにありました。現在の物価高は、きっかけとしてはコロナと2022年のロシアによるウクライナ侵攻による原油高、小麦高などによるものですが、原油と小麦はその後落ち着き、玉突波及していた全面的な商品の物価高も、岸田政権末期には落ち着いていました。個人的にはこの頃は、家計的な出費はほとんど増えておらず影響は限定的でした。なぜならば、この時期の物価高は、代替選択枝のあるものばかりだったからです。小麦高の影響は、家畜等の飼料として利用している業界関連商品全般の値上がりとなりましたが、一般消費者にとっては限定的だったと思っています。小麦関連食品が寝上がれば、お米の比率を増やせばよい。海外旅行ができなければ国内旅行をすればよい、旅行も高額になれば映画や読書やゲームなどに消費を振り向けばよい、というように、よほどのニッチな推活をしているのでなければ、食事や衣料などの生活必需品から、趣味娯楽まで、なんらかの代替先があったからです。ニッチ商品を扱っている事業者にとっては死活問題ではあっても、高級品は諦めて低価格帯のものを選ぶ、映画館は止めて配信にする、など、消費規模を縮小させつつも代替策で物価高分の吸収が可能だったため、多くの人が代替先に振り替えることで、全体的な出費を抑え、物価高に対応できたと思うわけです。円安は進んでいましたが、1usd=130~150¥の間で推移し、ガソリン価格以外はそれほど打撃は大きくはなかったように見ていました。
しかし、2023年夏以降の米価格高騰と歴史的な米金利上昇による円安加速は、物価高の次元を上の次元へと上げました。小麦食は浸透しているとはいっても、パンやパスタ食を減らすことはそれほど困難ではない人が多いと思うのですが、米は主食であるため、米食を減らすことは難しい。小麦と違って国民食なので、米価高騰は全商品に波及し全面的に価格を押し上げました。もともとパンやパスタをあまり食べない人には小麦高の影響はないため、小麦高の影響は限定的ですが、パン屋さんやパスタ料理店の従業員であっても普段は一定量米を食べるはずです。つまり、日本人のほとんどの主食は米です。小麦と米では影響力が違います。当初は、ウクライナ戦争で小麦輸入価格が2年間で約1.6倍となったのに比べると、米価はほどんどウ戦争の物価高騰の影響を受けていなかったため、割りやすい感があり、ウ戦争開始後、幣家では米食の割合が増えました。この頃の米の割安感も、小麦食から米食への移行を促し、米価高騰の一因となったと見ていますが、想定外だったのは、せいぜい他の商品と同様、米も1.6倍の3500くらいで止まると思っていたものが、予想以上の上昇を示したことです。複雑な米価流通の実態や、一部の米農家のデジタル未対応ぶりなど(高齢者なので仕方がないと思うが)、(薄々のイメージはあったものの)驚くべき実態が判明したことに関しては良かったとは思います。最近ブレンド米の価格が下がってきたため、米価については少し沈静化してきたように思いますし、ガソリン価格も一応暫定税率終了を受けて沈静してきたように思えます。
現在残っているのは円安による物価高騰です。
この状況で、チームみらい以外の全政党が消費税廃止を唱える状況に、なぜ消費税なのか、を、お気持ち的なものや、小規模事業者にとっての税務処理負担などではなく、マクロ経済的な動機を探りたい、ということでいくつか数字をまとめてみました。現在の円安による物価高は為替レートが原因であるため、為替と日本のマクロ数値との関係を調べてみました。最初のグラフは、1990年以降の日本政府の税収(右軸、単位兆円)と為替(左軸、単位1ドル相当の円)のグラフです。二番目のグラフは、税収と為替と、法人の申告所得総額(つまり、日本の企業の課税対象となる所得総額)です。
ソース:
申告所得は国税庁の↓の頁の法人税のexcelにあるD列所得金額から(2009年以前は単に打ち込み時間がなかっただけでそのうち追加します)
国の税収は財務省の↓のPDFから
これを見ますと、2012年頃を境に、税収と為替の連動が強くなっていることがわかります。つまり安倍政権以降です。特に、法人税率は、国税以上に為替の変動と一致しています。ここから読み取れることは、財務省や一部の政治家が、消費税は安定財源だとする根拠は、法人税は為替の変動を受けすぎるためであり、さらにこのことは、税収の安定を望む国家経営者の視点からすれば、二つのことを意味します。
①ある年の法人税収がアップしても、為替が円高に振れれば法人税収は減るのだから、アテにできない。従って企業収益が大きく増益しているとしても、安易に法人税率を高くすることは得策ではない、と思いがちになる。
②法人税を高くしたり、円高となれば、企業はリストラし、失業率と企業倒産件数は上昇する。低失業率と企業倒産件数を抑えることは、日本の政治文化におけるもっとも重要な要件なので、雇用の維持という観点からも円安政策に傾きがち(少なくとも円高を後押しする政策はやらない)、という姿勢となる。高市拡張財政志向による円安でも、片山大臣が、「過度な投機による為替変動は対応する」とだけしか言わず、円安そのものについては何もコメントしないことからも明らかです。河野元デジタル相のように、円高による物価高対策がまったく主流にならないのは、日本経済の円安経営は、国民的コンセンサスのレベルにほぼなっているからなのではないかと思います。
次の図の下の四番目のグラフは、1990年以降の日本の円建て名目GDP(左軸、単位兆円)と為替(右軸)の関係です。ここでも、2012年頃を境に、GDPと為替の連動度が大きくアップし、日本のGDPの上下はほぼ為替次第となってしまっている様子がわかります。三番目のグラフは、給与所得の総額と為替の関連グラフです。給与所得も、2012年頃を境のある程度為替と連動度が上昇していますが、円高に振れて企業収益が落ちても、特に会社員や公務員の給与を企業収益に応じて減らすことはできないため、円高になっても給与所得総額はほとんど落ちていないことがわかります。つまり、所得税も安定財源であることがわかります。
続いて消費税の総額と為替の関係です。所得税は所得のある人だけが納税するものですが、消費税は国民全員が徴収されるものでありかつ、円安による商品の価格高騰に完全連動するものなので、為替も消費税額にそこそこ反映している筈です。そこで実際に数値を見てますと、消費税額は、税率アップの年以外は、それほど大きく為替と連動しているわけではないことがわかります。為替が大きく円高に振れたとしても、社員の基本給を維持する価格は維持しなくてはなりませんから、基本、所得税と同様の動きを消費税もしているわけで、それにプラスして若干為替の影響が見られる、というところでしょうか。
今回の選挙では、法人税率増税を叫んでいるのは日本共産党くらいのようです。国民も、法人税は円高時の雇用に影響すると、リーマンショック時の円高経験でわかっているからなのでしょうか(本当かな、と思いますけど)。為替もいじれず、所得税も法人税もいじれないとすると、消費税か社会保険料となる、ということで今回の選挙では消費税と社会保険料が遡上にあがっている、ということなのかもしれません。国債は、当初予想したよりはあまり遡上にあがっていないようですが、さすがに、今回の円安の理由の半分は、国債にある、と国民は理解しているのだ、と考えてしまっていいのか、まだ懸念がありますが、実際どうなのでしょうか。
今回の円安は、米国の高金利に対し、日本が簡単には対抗のために金利を上げられないことから起こったことです。そうなっている理由は、累積公債額が巨大すぎ、政策金利をあげると、政府予算に占める利払い費が増えすぎて国家財政を圧迫するため、よほど日本経済が力強いタイミングでないと金利の引き上げはできないからですが、逆に米国が景気悪化となり低金利となれば、円高に振れるはずなので、ある程度日本の物価高は沈静化するはずです(もはやそうした段階は越え、日本もトルコ波の途上国経済になりつつある、との観測もあるけれども)。現在の物価高の原因は米国のインフレと日本の累積公債の組み合わせで起こっているわけですから、米国がいずれくる低金利の時まで食品関連の消費税を2年間0にする、という自民党案は、このあたりを焦点にあてた政策案なのではないかと思います。この意味では自民党案は現実的に見えます。
ここまで見てきて、やはり消費税減税には、国民感情を納得させる、という以上の意味と効果はなさそうに思えるため、個人的には自民党、国民民主、ちーむみらいの案あたりが現実的に思えます。なお、高市氏は、消費減税案の詳細は国民会議にかける、としていますが、その時には結局消費税の大きな利用先である社会保険改革の話になるはずなので、この点でも(有権者ウケはしないにしても)チームみらいが社会保険料削減を主張しているのは当然だと思います(社会保険については。以前の記事の余禄にも書いているためここでは省略します)。最近の都心23区の平均マンション価格を見ると、新築1億4500万、中古で1億越えとなっていて、もう普通の会社員、フルタイムの共働き夫婦でも容易には買えない額となっていて、これにともない賃貸も上昇してゆくはずです。こちらの方こそ消費税より喫緊の案件だと思うのですが、、、これについては最後に少し書きますが、海外からの投資が大きく影響している筈で、国レベルでの抑制対策を即急にやることの方が重要だと思っています。
(2)為替変動幅の話
日本の為替変動幅が大きいのは、ドルとユーロと比べた場合の円の弱さにあると思っています。
プラザ合意でドイツマルクと円は急激な通貨高となりましたが、戦後それまでおおむね維持されてきた固定相場制下では、戦後直後ならともかく、50~60年代の高度成長後には、既にマルクも円も対ドルでは安すぎとなっていました。特にオイルショック後のエレクトロニクス革命での日独が成功した80年代には、日独の為替レートは米国に下駄を履かせてもらっている状態だったといます。一般にプラザ合意は日本経済にとって悪玉政策だとされることが多いわけですが、既に大きく経済力をつけた日独の、低レートにより下駄を履かされた状況を是正するという意味では妥当な政策だったのです。しかしその後の想定以上の急激な通貨高でドイツと日本の対応は分かれました。
ドイツはユーロに統合することで通貨圏規模が巨大となり通貨の安定を見ました。↑の画像にあるように日本の税収と国内法人申告所得の総合計は、2010年以前に比べると、2010年以降はほぼ為替レートとぴったり連動しています。つまり、世界における日本の経済シェアと通貨シェアの双方で、シェアが低下しているため、円は、大海中でもあってもタンカーのように安定していた1990年と比べ、近年は、大海で波にもまれる小船のように翻弄され、それにつれて日本のGDPも税収も翻弄されるようになっている、と見なせます。日本のように独自通貨を持つ先進国は他にもありますが、オーストラリアやノルウェー、カナダなど資源国の場合は問題になりません。
(3)新しい階級社会と支持政党
ところで、橋本健二著『あたらしい階級社会』のこちらの図は、私の実感と非常にあっているものです(講談社のこちらの書籍紹介ページから引用)。
これは、2010年頃、仕事以外の人と会った時にやたらと「正社員です」と自己紹介する人が急に増えた時以来感じていたことです。当時「正社員が身分となった」と感じました。国民民主党の支持層は、この「新中間階級」と「正規労働者階級」及びその主婦層である「パート主婦」の一部のひとびとが支持母体の中心なのではないかと思っています。この図に不足していると思えるものは、「年金受給高齢者の領域」です。やみくもに分断を乗り越えよう、と主張するよりも、現実に階層分化は起こってしまっているのだから、それら諸階層と政党のひもづけがある程度できるようになると、有権者も政治家・行政それぞれにとっても、意見集約や政策立案がやりやすくなるのではないかと思っています。厚労省の統計データなどに登場する共働き世帯の実態は、フルタイム妻ではなく、実態は時短就労妻が多いように思うのですが、それらがあまり見えない統計しか目にできなく、実態を把握しきれていないのではないかと思っています。年収の壁引き上げなんて、178万円の枠内でしか働かないパート主婦や時短妻に支持される政策であって、フルタイム妻を持つ世帯には関係ないはずです。このあたりは国民民主に感じる保守的な部分です。
※ver1.1追記① 2026年2月6日のテレ朝のワイドショー番組「大谷容子ワイドスクランブル」に橋本健二氏が出演し次の図を表示していたが、なぜか12.3%いる主婦が抜けていました。従って画面の各階級の%を合計しても100%とならないおかしな図となってしまっています。ワイドスクランブルはお昼の放送で視聴者の多くは高齢者と主婦層が想定されるからなのか、あえて「主婦」を削除したように思えてしまう。こういうことをしているからオールドメディアといわれてしまうのでは。コメンテーターの中野信子氏の、自分も世代としてはロスジェネだが、「自由にはリスクが伴う」との発言に、橋本教授は「そんなのはアンケート結果では1割だけ。ほとんどは望まない非正規だ」と反論していました。私もその可能性は高いと思いますが、ただ橋本教授の口調が、終始怒りに満ちていたのが強く印象に残りました。もともとそのような話し方をする方なのかもしれませんが、私にはそう見えた、ということです。ただ怒る気持ちはわかるのですが、コミュニケーションの余地のない話し方とも受け取れるため、このような話し方では、他クラスの人々の中に理解者や支援者を増やすのは難しいところも出てきてしまうのではないか、と思えます。
もともと80年代までの「正社員」のバッファが、「パート主婦」だったものが、90年代に、「正社員クラス」を維持するために、新たなバッファとしてロスジェネ世代の非正規(図のアンダークラス)が誕生した、とのことだったはずなので、橋本教授が主張するように、単純にアンダークラスを正社員化したところで、恐らくアンダー男性の多くは正社員、アンダー女性の多くはパート主婦となり、男女同権という観点からすると、昭和モデルへの回帰ということになり、この点で保守的な主張でもある、という点も併せて議論すべき大きな論点だと思うのですが、この番組では、単純に、「救済されるべき下層階級」という視点でだけ述べていて、これを見た視聴者には、問題の複雑さが理解できないだけに終わるような気がしました(画像の出典はエックスのこちらのツイートから)。選挙報道を見ていますと、「我々はアンダークラスのための政党です!」と全面的に票田を絞って主張する党がでてきてもおかしくないのにそうならないところが(てかもうそうならないとダメな段階にとっくに来ているのでは!?)、やっぱりこの部分についてはまだまだダメなんだな~と思いました。
(4)さいごに
ここまで書いてきて、結論の出なさそうな記事となってしまったため、ひとまずここで終わりたいと思いますが、為替とGDPの連動について他国のデータや、円の世界決済シェアとの関連、日本のGDPと為替が連動するようになった理由と、それ以前に連動していなかった理由についてそのうち調べてみたいと思います(1998年から2025年までのシェアチャートはこちらのPDFに出ています。これでみるとユーロが結構低下しています)。
ところで、今回の選挙では、私はチームみらいに入れる予定です。今後も大きな不祥事や路変がない限り、ここに入れる可能性があります。20年程前から思っていたことですが、90年代、私が勤めていた企業では、最低でも年率30から60%の成長をしていました。生き馬の目を抜くような環境で激務でしたがインターネットとITのデジタル革命の成長に乗り、社内で予算の分捕り合いなど見た覚えがありません。ところが90年代後半青年海外協力隊に参加し、元の会社に戻ってみると状況は一変していました。既に従業員1000人を超す大企業となっていて、社内調整に多大なエネルギーを取られる状況となっていました。戻って数年後ITバブルがはじけ、年率数パーセント程度の成長率となってしまうと、社内では、業界拡大のための成長の話よりも、社内での予算の分捕り合いに多大なエネルギーを割かれるようになりました。
ブルーオーシャンを目指すのではなく、ぜいぜいチマチマしたホワイトスペース(余白部分、残り部分)獲得の事業プランや、既存のいくつかの太客を複数の部署で取り合うようなことが業務に占める割合が大きく増え、それはそのまま当時の日本政府や政治家、選挙民のやっていることと重なって見えました。国家予算の分捕り合いばかりが目につき、政権についた民主党の事業仕分けも、アイデアは良かったものの、無駄の削減ばかりに傾注されているように見え、デジタル化を通じた事業合理化による予算削減や、そのデジタル化のための国民のリスキリングについての話がほとんど登場していないことが不満でした。IT化というと、誰かがやってくれることのように口にする中高年世代の人々には「ナニイッテンダ」感しかありませんでした。いや誰かがITで便利にしてくれるのを待つのではなくて、まずガラケーを止め、自宅にパソコンを買って、しかも部屋の隅に置くのではなく、家で自分がいちばん居心地のいい席にパソコン置くくらいでないとデジタル化は進まないよ、と大声で言いたかったのですが、そのような人々は少数派だと思っていたのが大きな誤りであることは、実家に戻ってそれまでつきあいの無かった種類の地域の小規模事業者たちと関わることとなってから思い知らされることになりました。失われた30年。ごもっとも。こりゃ無理だわ。30年前によく目にしたつまらない言い訳を、ここ数年頻繁にきいてて、「そんな話は30年前によくきいたわ」と思うことが増えました。そうして、「そうか!30年前に聞いた話をいまごろ聞くということ自体が、失われた30年なのだ。1世代たたないとダメなのだ。ブルガリア時代の副校長のいったことは正しかった」と思うに至っています。
最後に選挙の話に戻りますと、高市政権も、維新や、国民民主などが歯止めとなってくれれば、結構妥当な予算案を出してくるのだから、高市さんの個人思想による暴走さえうまくコントロールできれば、このまま自維政権でいいや、と思っていたところです。まあ今回選挙となってしまったので、自民が勝ちすぎるのが心配ですが、立憲と公明が大きく的を外した方向へいってしまったため、今では維新が切られない程度範囲の自民の勝利に収まって欲しい、という感じです。高齢者はともかく、現役世代は、もはや中道とか右とか左とか、イデオロギー的なものはどうでもいいと思っていると感じています。国民民主や参政党のような、シングルイシューを提示する政党が今は、国民にはわかりやすくとっつきやすい状況となっているわけで、中道党は完全に読み誤ったように見えます(今のところは)。というわけで、高市さんにフリーハンドを渡すほどは勝って欲しくないけれど、選挙で解散する前の、ある程度バランスの取れた(総務相に林氏を起用するなど)高市政権は、基本支持していました。が、高市さんがフリーハンドになるほど勝手しまうと、NHKへの統制を強め、ここ数年面白くなってきていたNHKのドラマがつまらなくなってしまいそうで心配です。
チームみらいがなければ国民民主か維新あたりに投票しようと思っていましたが、当面はチームみらいへ入れる予定です。
※ver1.1追記② 2026/06/Feb追記:チームみらいのマニフェストの社会保障の部分を読みました。チームみらいは、5議席いけば大成功で、1,2議席程度だと思っていたので、既に比例候補7名で足りないとの予想がされているのを見て、何かおかしな誤解やあるいはおかしな政策があるのではないか、と思い確認したところ、ベーシックインカムと医療費個人支払い分一律3割負担についての記述を見つけました。この2点については私は反対ですが(年金額と資産が極度に少額の方の1割は堅持すべきだとの考え)、読んだところ、ベーシックインカムの話はAIによる大量失業発生後の時代を想定したものなので、とりあえず現時点では問題ないと思っています。一方一律3割は、賃貸生活の低額年金受給者には厳しいので、マニュフェストに対する読者のコメントにざっと目を通しましたが、低所年金所得者のために一律三割反対者は1人くらいしかいなくて驚きました。逆に、一律3割負担の反対者の中には、もっと負担せよという人が数名以上いて、中には年齢に応じた割合を負担せよ(90歳なら9割負担)との主張をする人も複数いました。これはちょっと数的には資産のない高齢者も多いという現状を無視した発言だと思いましたが、よくよく考えてみると、一律三割でもいいか、という気にもなってきました。というのは、チームみらいの主張の一つである、「高額療養費自己負担限度額の維持」があるのでいいのではないか、という気もしてきました。以前うちも両親の療養費で書類が送られてきたことがありますが、それほど大きな負担でないのにも関わらず出るのですよね。ということは、改正すべきは所得と資産に応じた措置の適用限度額の変更であって、現在の自己負担限度額は原則維持することで低年金受給者には対応できる枠は残せます。よって一律3割負担とすることで、高齢者の健康維持への配慮と自覚と動機づけができるので良いのではないか、という気もしてきています。まあだたし、今後このあたりのマニュフェストがどのように変更され、或いは世の中で誤解されて広まり、それに迎合する形でチームみらいの主張も変質する可能性もあるため、そうなったらチームみらいへの私の支持も変わると思います※
(5)更に付記:外国人政策について
ところで、参政党は、SNSや支持層への思想まるだしの発言はともかく、昨年の参院選後のメディアでの神谷氏の発言は、わりと穏健路線に修正されてきて、特に参院選後、解散前までの外国人政策については、私の意見にも近いものがあり、中韓蔑視政党(≒ネトウヨ政党)のような日本保守党と比べれば、遥かにまともな右派政党に見えました。
個人的な外国人政策の昨今の問題点は以下のものがあると考えています。
リアルでいる周囲の多くの人の生活者としての懸念事項は、①言葉、②ごみ捨て ③騒音 ④貧困 の4点です。
①はかつて大きな懸念点でしたが、現在では翻訳アプリの浸透で問題なくなってます(不動産屋にヒアリングしたことがありますが、翻訳アプリの登場で大家の姿勢がガラリと変わったそうです)。一方、現在政治課題化しつつある主な問題は以下の5点あると思っています。
①オーバーツーリズム(宿泊代高騰問題、ごみ問題など多数の論点含む)
②低賃金技能実習生の賃金競争参加による日本人労働者の賃金抑制
③高額来日費用を持つ技能実習生の勤務先倒産や傷病などにより失職、不法滞在化・貧困化した実習生の闇経済への関与
④経営・管理ビザを悪用した移民増
⑤偽装難民問題(川口市クルド問題が有名)
⑥外国人による不動産買いあさりによる不動産価格上昇
②低賃金技能実習生の賃金競争参加による日本人労働者の賃金抑制
③高額来日費用を持つ技能実習生の勤務先倒産や傷病などにより失職、不法滞在化・貧困化した実習生の闇経済への関与
④経営・管理ビザを悪用した移民増
⑤偽装難民問題(川口市クルド問題が有名)
⑥外国人による不動産買いあさりによる不動産価格上昇
これらの多くは、中央官庁が、ビザや制度という入口だけ作り、その後のフォローを地方自治体や民間に丸投げしていることで発生しているものがほとんどです。現在の日本において、外国人を巡る課題で最大のものは、外国人を受け入れた後に関する、民間との深い説明や話し合い、どういうフォローが必要なのかの認知と体制整備の会話がなされておらず、制度を作っている側(官庁や政治家や財界)と生活者の社会との間で合意がきちんととられていないことにあります。 この受け入れ後フォローと社会生活との合意に関し、以下の8月21日の日経の記事には大変参考になることが書かれています。
外国人政策は「移民ジレンマ」脱却を急げ https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD280DW0Y5A720C2000000/
「在留外国人の日本語教育の必修化に向けて、その受講を在留資格の更新にひも付けるなどのドラスチックな対応をとる必要があると考える。 不必要な文化摩擦をなくし社会のルールを守る意味では、社会・文化・法律などの知識や情報を提供する入国時のオリエンテーションも必要となる。国内ではすでに民主主義でない国、人権意識が異なる国も含め190カ国を超える国の人々が暮らしているが、オリエンテーションは全く行われておらず、外国人コミュニティーの代表からもその必要性が指摘されている」
私も以前は、「社会のルールを守る意味ではの社会・文化・法律などの知識や情報を提供する入国時のオリエンテーション」なんてものは、あたりまえのように行われているものと思っていましたが、自治体丸投げみたいな事例に身近に遭遇し、「もしかして移住者へのオリエンテーションやってないんじゃ?」と疑念を持つようになっていたため、この記事でやってないことが事実であるとわかり、驚きました。
特に日本社会はごみ捨てにはうるさい社会です。外国人全員が日本人並みのごみ捨てができれば外国人への懸念も半分くらいに減るのではないかと思えるほどです。リベラルな人でも、実際近所にごみ捨てルールを守らない外国人が増加すれば、簡単に反移民に転ぶのが実際のところでしょう。
ごみの異文化習慣を舐めてはいけないものだと思います。諸外国では、たとえごみのリサイクルが法律や社会常識で浸透している国であっても、「分別をするのは専門業者の役割」なので、「分別の必要性はわかっているけど、それって清掃人がやることでしょ。私がやることじゃないと思う」、くらいに考える人が多い国はたくさんあります。日本人は小学校で生徒自身が自分で教室や校舎を清掃する習慣を学習しますが、これはかなり特殊な習慣で、国際的には専門業者が教室の掃除をする方が普通だとさえいます。このような、我々が「人としてあたりまえ」と考えている常識が、大きく異なることは大変多いため、公的になにも対処せず、外国人とつきあう個々の職場や隣人が異文化交流スキルを身に着けてなんとかしろ、では、とても対応しきれるものではありません。
なので、これは私の少し極端な意見ですが、今以上外国人を増やすのなら、
①滞在許可書に、「ごみ出しルールが守れない人は、許可取り消しとなる可能性があります」との文言を、一番目につくところにはっきり書く
②日本居住開始後、最低5年間は、居住地の自治会に入る
③居住開始時のオリエンテーションは必須とし、その後も居住地の自治体が実施する定期的オリエンテーションに参加を義務づける。違反したら滞在許可短縮などのペナルティーを設ける
④海外で利用されている教科書含め、すべての日本語教科書の冒頭の会話例文は、「日本でのゴミ出し注意」に関するゴミ捨て場での会話を例文とするよう教科書に盛り込むよう、公費で助成金を出す
⑤その他技能実習生が非自己都合で失職した場合などに代表される、フォローなしを改め、社会問題となりそうな制度上の課題をフォローする体制を中央・地方自治体・民間業者全員の議論のもとで整備する
⑥ある程度の数値制限目安を設ける(社会で〇〇の受け入れ態勢が整うまではX万人程度に抑える、▽△の体制が整えば、目安値をN万人まで増加する、など国民が共有しやすい明確な数値基準を出す)
⑦日本の中学1年程度の英語力相当の日本語学習は必須とする(「ニホンゴワカリマセーン」という逃げをうつ者には、翻訳アプリでの会話を義務づける)
②日本居住開始後、最低5年間は、居住地の自治会に入る
③居住開始時のオリエンテーションは必須とし、その後も居住地の自治体が実施する定期的オリエンテーションに参加を義務づける。違反したら滞在許可短縮などのペナルティーを設ける
④海外で利用されている教科書含め、すべての日本語教科書の冒頭の会話例文は、「日本でのゴミ出し注意」に関するゴミ捨て場での会話を例文とするよう教科書に盛り込むよう、公費で助成金を出す
⑤その他技能実習生が非自己都合で失職した場合などに代表される、フォローなしを改め、社会問題となりそうな制度上の課題をフォローする体制を中央・地方自治体・民間業者全員の議論のもとで整備する
⑥ある程度の数値制限目安を設ける(社会で〇〇の受け入れ態勢が整うまではX万人程度に抑える、▽△の体制が整えば、目安値をN万人まで増加する、など国民が共有しやすい明確な数値基準を出す)
⑦日本の中学1年程度の英語力相当の日本語学習は必須とする(「ニホンゴワカリマセーン」という逃げをうつ者には、翻訳アプリでの会話を義務づける)
など対応がなされない限りは、今以上の外国人の増加についてはある程度のブレーキをかけることもやむなし、と思っています。しかしそれ以上に喫緊の課題として対応が急がれるのは、海外からの不動産投資規制でしょう。都心では円安以上に家賃高騰という形で生活に響くはずです。
多分参政党の支持者もこのあたりの意見は近い人も多いのではないでしょうか。
私の居住地でも近年戸建てを購入して越してくる中国人家族がちらほらみられるようになり、地元自治会でも、それら中国人が自治体役員に参加するようになってきています。このような、地元の持つ受け入れキャパに応じて外国人が社会参加するようになれば、外国人の社会同化も比較的スムーズにいく可能性が高まりますが、こうしたケースは全体ではまだ少ないのではないかと思います。地元の自発的な努力に丸投げせず、日本全体での体制整備が急がれると考える次第です。
〇ver1.1 06/Feb/2026追記 ①は新しい階級社会の部分、②はチームみらいのマニュフェストの部分
この記事へのコメント
口隹➖️ネ申
昨夜の更新では、小島様が私のアマゾンレビューを削除していただければ、更新②も削除します、と書きましたが、デタラメ説(7)の2016/06/07(05:33)のコメントで「削除なさっても、なさらなくても、F爺にとっては何も変わりません。ご自由にお決めください。」と記載されているため、残すことにしました(ただし一部不要な部分は削除・修正しました)。
*2 2016/June/17追記:小島様の前著のレビューは、私のサイト『古代世界の午後』
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*2 2016/June/17追記:小島様の前著のレビューは、私のサイト『古代世界の午後』
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*22016/June/17追記:小島様の前著のレビューは、私のサイト『古代世界の午後』
口隹➖️ネ申
ネット・ゴキブリめ、恥を知れ。💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩💩
口隹➖️ネ申
また、論評中心の史書というのもあまり好きではないため、この点でも後漢紀は、私には縁のなさそうな書籍ということがわかった、というわけです。
ただし、後漢紀にまったく興味がない、というわけではなく、袁宏の思想や彼の時代の思潮といったものを知る史料としては興味深く有用なので、私の中では、後漢紀は、東晋時代の4世紀の史料という位置づけになりました。もちろん范曄後漢書は更に後の5世紀の著作物ではあるわけですが、少なくとも本紀の明~桓帝時代については後漢書の方がより同時代史料に近
口隹➖️ネ申
また、論評中心の史書というのもあまり好きではないため、この点でも後漢紀は、私には縁のなさそうな書籍ということがわかった、というわけです。
ただし、後漢紀にまったく興味がない、というわけではなく、袁宏の思想や彼の時代の思潮といったものを知る史料としては興味深く有用なので、私の中では、後漢紀は、東晋時代の4世紀の史料という位置づけになりました。もちろん范曄後漢書は更に後の5世紀の著作物ではあるわけですが、少なくとも本紀の明~桓帝時代については後漢書の方がより同時代史料に近
マコト
ペルシアの歴史を調べるうえで対ローマ史に興味を持ち、さらに緩衝地帯であるアルメニアの歴史に興味を持ちました。
アルメニアの対パルティア・ペルシア・ローマの歴史に興味があります。
wikipediaでアルメニアの歴史のページを見ると、
佐藤信夫『新アルメニア史 - 人類の再生と滅亡の地』泰流社〈泰流選書〉、1988年
藤野幸雄『悲劇のアルメニア』新潮社〈新潮選書〉、1991年
ジョージ・ブルヌティアン(英語版) 著、小牧昌平監訳、渡辺大作 訳『アルメニア人の歴史 - 古代から現代まで』藤原書店、2016年
が参照されており、特にアルメニアの対パルティア・ペルシア・ローマ関連では佐藤氏と藤野氏の著作が多く参照されています。
最新の著作であるジョージ・ブルヌティアン著でもアルメニアの対パルティア・ペルシア・ローマの歴史は詳しく書かれているでしょうか?
この本のアマゾンでレビューを書かれており全作読まれているようなので教えて頂けたら幸いです。
マコト
口隹〜ネ申