個人的に、東京神奈川あたりで、地中海の夏に近い気候に感じるのは、梅雨直前の、急速に暑くなりかつ乾燥している4~6月上旬くらいの晴の日です。この時期たいてい古代ローマ本が読みたくなり、だいたい毎年読んでます。蒸し暑い夏場では、行ったことはないのですが、歴史本に限らずインド本が読みたくなります。これらと同じく季節モノの歴史本では、冬場のビザンツ世界本があります。一方漢代本とイラン本はあまり季節感なく読んでいるような印象があります。季節ごとにこの通りの読書展開が揃うことはあまりないのですが、この1年間はおおむねこの通りの展開を見せた年となりました。昨年冬はバシレイオス二世の漫画やビザンツ関連PDFを読んでいますし、初夏から夏頃は『古代ローマの危機管理』『古代地中海世界と文化的記憶』など、夏場以降はインド思想史本を読んでいます。昨夏はインド本のインパクトが強くて冬場まで毎月1、2冊読みついに冬までインド本を読む羽目になってしまいましたが、真冬になってからは、例年通りビザンツ世界本となりました。というわけで、今回は今年の冬に読んだビザンツ本の紹介です。
(1)『ビザンツ文人伝-言葉で戦った男たちの矜持と憂愁』2025年、根津由喜夫著、白水社
タイトルだけ見ると、井上浩一著『ビザンツ皇妃列伝』のような読み物的な内容かも、との印象を受けるかもしれませんが、価格を見ると重厚な学術著作であることがわかります。ヘビー級学術書の人物伝であると思って読めば、その通りの内容で、まさに時代ごとのビザンツ文人が何人も紹介されてゆく列伝である、という感じの本です。副題に「男たち」とあるように、比較的歴史の知見のある一般人にとっては恐らくもっとも有名なビザンツ文人であるアンナ・コムネナは対象外であることがわかります。以下の、7世紀中盤以降15世紀中盤までの方々がほぼ連綿と時代を追って登場しています。以下は、目次に、わかっている人は生没年を、判明していない人はおおよその生存年代を追加したものです。頁番号とは各列伝の最初のページのページ番号、頁数とは、各列伝ごとの頁数です。全部で14名が登場しています。
この目次&一覧の頁数に注目すると、時代が下るほど頁数が増加していることがわかります。これは、史料の残存具合に比例して内容が増加していることを示しています(著者もあとがきでそう述べている)。弱小国となって以降は、領土の縮小に伴い広く有能な人材を登用することもできなくなってしまっていた筈なので、あまり史料が残っていないのではないか、との先入観がありましたが、もしかしたら単純にそうというわけではなく、時代が下るほど残存史料が増える、というどこの地域でも見られる一般現象を示しているだけなのかもしれません。
これまでビザンツ人の書簡など読んだことはなかったので、完成された著作だけではなく、書簡も結構な数が残っていることがわかり驚きました。ローマ帝国の文人の書簡が残っているのは理解できます。西ローマが滅んだ後でも、ローマの権威とラテン語の権威はルネサンスに至るまで長く生き続けたからです。一方東ローマでは、スラブ人やテュルク人の国々によるビザンツ領の縮小に伴い、失った領土におけるギリシア語の権威の行方についての知見がないため、領土縮小に伴い新しく生産されるギリシア語史料も、既存文献の保存も減少してしまったのではないか、との先入観があったのですが、本書を読んでいてどうもそう単純な話ではないような気がしてきました。
1453年に陥落したコンスタンティノープルはじめ、1460年に征服されたモレア専制国やその翌年滅亡したトレビゾンド帝国など、西欧での印刷術が開発された時期まですれすれ存続し、多くのギリシア語文献を所有するビザンツ諸国の生存者が存命しているうちに西欧の主要都市では印刷術が広まったのだから、ラスカリス朝やパレオロゴス朝の文献が印刷されそこそこの量が残っていてもおかしくはないのかも、という気もしてきました。
末期ビザンツ以前でも、プセルロスの著作数が膨大だとはきいていましたが、現存文献だけでも膨大な量になり、しかも未だに校訂版が刊行中だったりしているほどで、本書巻末のプセルロスの既存出版著作一覧には24冊あり、著者によると「著作と関連文献のリストで一冊の本ができるビザンツ文人など、彼だくらいのもの」(p153)とある程だそう。驚きでした。ビザンツ文人・・・なめてたかも。ビザンツの世俗社会や文化についても中期以降は意外に史料が残っていて驚きました。
個人的には、著作の引用よりも、書簡の引用に特に興味をそそられました。特に個人的に大きく興味をそそられたのは、中級役人(或いは上の下クラス)のクリストフォロス・ミュティレナイオスです。私は近代社会における会社員階層に相当するような前近代社会における下級役人とか、市井の人々の生活に興味があるため、この条件にかなり近いミュティレナイオスとか私塾教師逸名先とかが当人たちが記載した史料ベースで紹介されていて、断片的とはいえこういう史料が残っているのであれば、10~11世紀最盛期ビザンツの市井の風俗や生活世界を描き出す研究とか成立するのではないか、と思わせられるものがありました。帝国第二の都市テサロニキが扱われているのもよかった。
日本で出ているビザンツ本は、通史、政治史や政治制度史、政治文化史、美術・建築史などが多く、社会史と文化史などの分野はこれまで見られなかった印象があり、特定のひとつの分野では深く接することができても、別の側面に接することがあまりできない印象がありました。尚樹本もオストロ本も分厚いとはいえ通史本であって解像度は浅く、ビザンツ史の政治軍事外交通史の時代ごとの概要はまんべんなく知れるが、より深い解像度で深く浸れるものではないものでした。しかし本書では、従来あまり紹介されてこなかった分野について深く浸ることができる段階に来たとの手ごたえを感じることができました。有難いことです。ありがとうございました。
※本書は、新刊であるにも関わらず、読んでいるうちに画像のように背表紙の下半分が外れてきてしまいました。鞄にいれて持ち歩いていたため、少なからず傷みやすい環境にあったものの、これまで数十年の読書人生でこんなことは初めてです。単なるアクシデントかも知れませんが、同じようなサイズと重量の本でもこれまでこんなことには遭遇したことがなかったので、本の製造に少し問題があった可能性も疑っています。廉価本ならともかく高価な本であるからには、こうしたことは起こってほしくはないものです。
(2)『ビザンティン建築の謎』 2013年、武野純一著、日刊工業新聞社
最近主にオスマン時代以降の史跡紀行本『物語イスタンブールの歴史』を読み、イスタンブルのビザンツ時代史跡に関する情報は、たいていの本で扱われている有名どころ以外については、探そうとしたこともなかったことに思い至りました。そこで、イスタンブールのビザンツ史跡巡りをしているらしき本書のことを思い出し、よい機会なので読んでみた次第です(ただし『物語イスタンブールの歴史』でも、イスタンブルのもっとも古い地区の解説の章ではビザンツ史跡を改装したり破壊して跡地に建設した施設が多いため、第一章でいくつかビザンツ時代の史跡やエピソードに言及がある)。
わたしはリアルでもバーチャル(書籍)でも歴史旅行をする時は、首都という点だけではなく、地方を含めた面でその国を知りたい、という欲求があるため、たいていの場合、地方都市や地方の景観の方が先に気になり、首都を訪問するのは最後、というところがあります。結果、首都の史跡に関しては、有名どころ以外の細かい遺跡については後回しになる傾向があります。一応イスタンブル旅行はしているのですが、2回合わせても12時間程度の滞在時間で、本格的なイスタンブル史跡旅行や、書籍による情報収集はこれまでして来なかったのです。
というわけで読んでみたところ、「史跡巡りをしてるらしき」ではまったくなく、本書はまさにイスタンブルに残るビザンツ時代の史跡巡りの本でした。しかも、第一章と第八章を除くすべての章が、一日の史跡調査探訪という日記的体裁をとっていて、イスタンブルに残るビザンツ史跡旅行記そのものである、ということがわかりました。第2章の13節、及び3~7章の冒頭は、以下の文ではじまっています。
第2章 「今日はメセーを」(途中の第12節には「その日はすでに暮れてきたので」とあり、第2章は二日間にわたる内容だとわかる)
第3章 「次の日、私はトラムに乗って」(この冒頭の文言から、第2章は「前日と前々日」の旅行記だったことがわかる)
第4章 「今日はコンスタンティノープルの」
第5章 「私は朝早く朝食を」
第6章 「ホテルを出て」
第7章 「本日はイスタンブールの」
都合七日間の日程となっており、各章のタイトルに「一日目」「二日目」と入れてもよいくらいの内容となっています。
第1章は、文面から少なくとも二回は訪問していて、旅行記を日程順に読んでいる臨場感は落ちるものの旅行記の範囲内です。第8章は調査報告書の中に遺跡調査時の様子が挟まれており、この章だけは調査報告書となっています。もっとも、2~7章も、本書では各章一日の訪問記の体裁をとっているだけで実際には複数の旅行にまたがった内容を数日の旅行記という体裁にまとめているという可能性はあります。しかし、2~7章では、訪問地域の地図に、著者が歩いたルートが記載されていて、途中で食事をしたり、食事をとるのも忘れて見学し続けたり、タクシーや路面電車で移動したり、日が暮れて帰ることにしたり、少し危なそうな気配を感じたりと、実際の一日の旅程を書き起こした印象を強く受けるものとなっています。この手の本には冒頭や巻末に地図があるものですが、本書では、各章の冒頭から中ほどに地図が挿入され、その章で著者が歩いたルートが記入され(ルートの記載がないのは第一章、及び第二章の前半部のみ。ただし二章前半は大通りを歩いているため、地図だけから著者が歩いたルートを判断できる)、文中街路名も頻出しているため、読みながら史跡旅行をしている臨場感があり、ビザンツ史跡旅行のガイドブックとしても役立つ内容となっています。
各章訪問地域は以下の通り。
第1章 ガラタ地区
第2章 グランドバザール近くのトラムのベヤズット駅から黄金門、及び ベヤズット駅の南東部一周(戦車競技場跡や大宮殿跡など)
第3章 ベヤズット駅の東北部一周(ソフィア大聖堂など)
第4章 ベヤズット駅の北部、イスタンブル旧市街中部の北地区(水道橋、諸教会等)
第5章 旧市街西部の南地区(諸修道院、城壁、旧港等)
第6章 旧市街西部の中地区(諸教会、貯水池等)
第7章 旧市街西部の北地区(ブコレオン地区~中部の北地区の残り)
第8章 旧市街北東部海岸
他のレビューでは、翻字などいくつかの難点が指摘されているが、あらかじめわかっていて読んだのであまり気になりませんでした。ただし1点問題に感じたのは、8章で引用されているいくつかの古地図の表示です。最初から地図の下に記載されている地図の解説部に、地図A、地図Bなどとポインタを設定しておくか、本文中の引用部分に地図掲載ページの番号を振ればよいのに、そうなっていないため、本文中で言及されている地図がどのページのどの地図なのかがわかりにくくなっています。この点は理系にしては?と思われても仕方のない非構造化文という気がします(具体的には、p302の「鎖Bはヴェネツィアの印刷図、鎖B'はヴェネツィアからの別案」とあるのは、「鎖Bはp300のニュルンベルクの印刷図、鎖B'はp301のヴェネツィアの地図」という理解でよいのでしょうか、、、、
本書の題名は、『ビザンティン建築の謎』よりも、『8日で巡るイスタンブルのビザンツ史跡探訪記』などの題名の方が実態に即しています。
私が首都の、観光地ではないマイナー史跡巡りを後回しにする理由は、首都のマイナー史跡巡りは危険という理由もあります。地方やへき地の遺跡巡りが多いのは、基本的に地方のマイナー史跡巡りで危険なのは、遭難とか野犬とか猛獣とか毒虫とか毒蛇であって、観光地でもない、人が集まらないところにわざわざスリや強盗がいることは(都会から後をつけられているのでない限り)まずないからです。もし地方やへき地で強盗にあうようなところであれば、その国は統治そのものが破綻している国であって、日本外務省が渡航自粛要請を出すレベルの地域です。一般の国で彼らが集まるのは人が多数集まっている場所であり、それはすなわち都会や観光地です。都会であっても観光地であればスリの危険はあっても日中多くの人のいるところで強盗にあうことはないでしょうが、都会で人知れないマニアックな史跡を探して裏路地をうろうろしていれば、よからぬことを考えている人を刺激する確率は高くなります。都会でこういう場所のマイナー史跡を探すには、現地の人を味方につけれるくらいの最低限の現地語の語学力と、付近の住民たち全員に顔を売りうろうろする目的を知ってもらうための十分な滞在期間(半年とかの留学生くらいの)の確保と、味方となってくれそうな付近の住民に顔を売っておく必要があるわけで、通常の勤め人の力者にはなかなかハードルの高いことです。
現地でマイナー史跡旅行をするとしても簡単ではないため、とりあえずイスタンブル旧市街の遺跡調査発掘報告書などを探してみようと思っています。また、本書を読んでいて、ローマのマイナー史跡についてもそろそろ情報収集してみようという気に(少し)なってきたところ、おりよく『古代ローマ歴史散歩』(フィリップ・マティザック、原書房)が出版されましたので、今月出版された南川高志氏の『ローマ人の心~古代帝国の実像に迫る』ともに、次はしばし古代ローマ方面を渉猟しようと思っているところです。当初は、ローマ本の二冊は3月下旬、地中海っぽい季節になってから、と思っていましたが、前倒しで読んでしまいそうになっています。ローマのマイナー遺跡については、誰かが遺跡マップをつくっていそうなものなので、そちらも探してみようと思っています。
ところで、ビザンツ史跡巡り旅行記では、イラン史跡巡り旅行記がメインのバハラムさんの旅行記サイト『空の旅』のイスタンブル旅行記も有用です(トップページ➡その他海外の旅➡イスタンブール)。以前読んでいましたが、今回本書を読みながら再度読みました。バハラム氏も怪しい二人組につけられたりと、黄色信号の点灯する事態に遭遇しています。
古代都市のマイナー遺跡を網羅的に扱っている書籍というものはあまり存在しないため、実は遺跡巡りのハードルが高いジャンルです。大都市であれば、観光地レベルの史跡案内本は多数でていますし、地方都市の市街地遺跡であれば、地元の博物館がまとまった形で購買部でしか売らないような書籍として出しているかも知れません。現代の都市から離れた郊外の荒れ地や農地などで発見された都市遺跡の場合は、発掘報告書として地元の博物館や大学等が出していることが多いでしょう。しかし、ローマのような膨大な遺跡が散在する大都市に過去の大都市の遺跡が散在するパターンの場合は、有名観光どころ以外のマイナー史跡について網羅的に扱った書籍は、例えばローマの場合現地イタリアでは出ているのかも知れませんが、日本語書籍では少し探した程度では見つかりません。発掘報告書的に遺跡を列挙したものならローマ市の博物館か大学が出していそうですが、本書『ビザンティン建築の謎』や『物語イスタンブールの歴史』のように、一般人が、歴史に思いを馳せながらの遺跡巡りに役立ちそうな紹介の仕方をし、なおかつ学術的な情報を掲載している書籍は、日本語書籍ではあまりないような気がします。
ということに、今回二冊のイスタンブル本を読んで気が付きました。
現状、古代世界の午後の範囲内で、希望するレベルに達している首都と地方都市の遺跡の日本語書籍で直ぐ思い浮かぶものには以下のものがあります。
後漢
首都『 千年帝都洛陽: その遺跡と人文・自然環境』(2010年、塩沢裕仁著、雄山閣)
地方都市『 交趾郡治・ルイロウ遺跡II - 2014 -15年度 発掘調査からみた紅河デルタの古代都市像』(2017年、黄暁芬著, フジデンシ出版 )
ローマ地方都市
『古代ローマ人の危機管理 』(2021年、堀 賀貴編 、九州大学出版会)(ポンペイ、オスティア)
『古代ローマ人の都市管理 』(2021年、堀 賀貴編 、九州大学出版会)(ポンペイ、オスティア)
それに近いものとしては以下のものが浮かびました。
ローマ
『隊商都市 (ちくま学芸文庫)』 (文庫版2018年 、ミカエル・ロストフツェフ著)(ただし原著は1930年代で、現在の遺跡訪問では情報が古いかも知れない)(ジェラシュ、パルミュラ、ドゥラ・エウロポス、ペトラ)
パルティア・ササン
地方都市『隊商都市パルミラの研究 (東洋史研究叢刊 之 48) 』(1994年、小玉新次郎著、 角川書店(同朋舎))(ただし著者が直接遺跡調査をしているわけではない)
思い浮かばないだけで少し時間をかければもっと見つかるかもしれません。このあたりについてはこれまであまり深堀りしてこなかったので、今後取り組んでゆきたいと思った次第です。
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