最近読んだ古代ローマ本『ローマ人の心』『探究する古代ギリシア・ローマ史 』など

(1)南川高志著『ローマ人の心』講談社、2026年)

本書は文化史のうちの心性史に属するものです。この場合の文化史とは、文学、芸術、道具、建築、などのルネサンス以来(中には古代以来)の伝統的な文化の歴史ではなく、19世紀に成立した社会学や、心理学、言語学、文化人類学などに方法論的影響を受けた、人間の認知や概念、社会構造やの変遷なども含む文化人類学的な意味での文化の構造とその変遷を研究する「新しい文化史」のことです。本書は、古代ローマ研究への本格的な心性史とアイデンティティ論導入研究のひとつと見なせます。

その一方、本書は、以下の四つの主題ついて扱われている書籍と見なすこともでき、これらの主題にご興味のある方にも有用であるといえます。

①ローマ人の人生観や死生観
②ローマ帝国西方ラテン語圏の多数の墓碑の銘文の日本語訳と解説
③ローマ人の家族研究
④属州ガリアの社会史

これらの各主題を貫く全体的な主題がローマ人の心性についての研究であり、本書ではひとまず帝国のラテン語圏のみを対象とし、以下の社会層別に検討してゆく構成となっています。

①支配層であるエリートの心性
②一般の心性
③属州人の心性

これらを章ごとに目次にマップすると以下のようになります(目次の数字は章開始のページ、その右のカッコ内に章で扱われる社会層と史料について記載しています)

第2章 帝国エリートたちの生きざま(63) (ローマ人エリートの心/文献史料(タキトゥス、プリニウス等))
第3章 生と死から見る家族の肖像(107) 
(一般人の心(富裕層含む)ローマ市のものが最も多く、次いでイタリア半島内、一部南仏/イベリア半島/ライン川流域/北アフリカ等/碑文中心)
第4章 属州の人々の心(175)      (属州ガリア人の心/文献史料)
第5章 平穏な帝国の暮らし(229)    (属州ガリア人の心/考古学史料と碑文史料中心、一部文献史料)

3章と5章が各もっとも長い68頁ある章で、この二つの章が本書の中の肝の部分であると見てよいのではないかと思います。2章と4章は、これまでの日本語研究書でもよく目にする文献史料が中心に扱われていますが、3と5章は碑文中心で社会史に迫っているところも読みどころのひとつです。

本書の後半では属州ガリアが対象となっています。後のフランク王国の主要地域であり、中世盛時以降現代にいたるフランス地域であることもあって、メジャーで史料のある地域を対象に選んだのか、と思われる読者もいるかも知れませんが、帝政期数百年間のガリア史は史料が少ない方の属州です。もしガリアについて史料が豊富というイメージがあるとすれば、カエサルの『ガリア戦記』とガリアを主要領土としたフランク王国に目を奪われた錯覚であって、この両者の間の数百年間の史料は少ないため(※末尾)、本書でガリアを扱ったこと、しかも史料的方法論的に難しい心性を扱うことは、チャレンジャブルな取り組みであると言えるのではないかと思います。

他のレビューには、わからないことの多い結論に満足できないとの所感を持った方がおられますが、私は個人的に、これまでの多くの一般向けの一部の歴史の本では、わかることしか書いてこなかった結果、わかる部分という島嶼部だけを点と線で繋げたイメージが、世間一般では全体のイメージだと受け取られてしまい歴史像として社会的に定着してしまったりする弊害の一因となってきたように見ておりますので、わからないことを社会に発信することには意義があり、本書の完成度に対してはなんら瑕疵にはならないのだと訴えたいと思います。

個人的には、本書の意義は多々あるものと思います。

①日本の古代ローマ研究における本格的な心性史研究の旗印となる取り組み
②ギリシア語圏地域含むガリア以外の他属州についての今後の心性史研究の促し
特に史料の少ない属州については足踏みしてしまう研究者もいるだろうから、学界を引っ張ってきた著者のようなポジションの方に本書のような書籍を出していただけたことは、後続にとっては大きな足掛かりとなりうる
③帝国全領域・全時代における心性史解明後の、ローマ帝国の解体・変容現象へ向けた心性史適用への展望の提示

宇宙の起源論とか、万物の理論などを一般向けに紹介した書籍について、明確な結論が出ることを期待して読む読者はあまりいないのではないかと思うのですが、歴史についてはそうでない人が稀ではないということなのかも知れませんし、大ぶろしきを広げた書籍は面白く読めますが、資料本として将来再々参照するようなことはあまりないような気がします。私にとって本書は資料としてずっと持ち続け、将来にわたって参照し続けるという意義もある本です。

ところで、私は本書を、20世紀のローマ史研究の「大家」弓削達氏にとっての『永遠のローマ』と重ね合わせながら読みました。理由は二つあります。一つはガリア、一つはアイデンティティ論です。

本書では、ガリアの章以降アイデンティティ論についての言及が各所であり、終章の末尾数ページでも論じられて本論部が閉じられる構成となっています。アイデンティティ論ベースの帝国ローマへのアプローチは、2020年の南川氏の論説「《研究ノート》ローマ帝国による統合を巡って」(『西洋古代史研究』20号/PDF公開)第五節「アイデンティティの問題」にて研究史を総括しつつ記載されており、著者のアイデンティティ論への取り組みは、私見では、2013年の『新ローマ帝国衰亡史』にて既に薄々感じられ、2018年の『《歴史の転換期》1.B.C.220年 帝国と世界史の誕生』、『《歴史の転換期》2.378年 失われた古代帝国の秩序』でかなり明確に感じられて、2021年には隣接分野である感情史研究『生き方と感情の歴史学: 古代ギリシア・ローマ世界の深層を求めて』にも取り組んできた、著者にとっては大きな、長期的に取り組んできた研究テーマであるのだと捉えています。そうして、これもまったくの私見ですが、日本でローマ史にアイデンティティ論を持ち込む先鞭をつけたのは弓削達『永遠のローマ』(1977年)のローマ陥落に関する知識人たちの受容変遷の解析がひとつあると個人的に思っています。

また、『永遠のローマ』の前半部の後半は、西ゴートによるローマ陥落以後の数十年にわたる、知識人たちのラテン語著作を用いて各々の時代認識の変化を辿ってゆく、というもので、エリートの意識に限られているとはいえ、そのエリート事例にガリアの知識人、パウリーヌス、シドーニウス・アポリナーリス、サルウィアーヌスが扱われ、ガリア要素が多めである点本書と共通しています。このように、5世紀初頭のガリア知識人を扱った弓削本は、3世紀のガリアで終わっている本書と(4世紀はskipとなるものの)一応接続でき、帝政期ガリアの古代末期に至る心性史の輪郭が描けることになる、この意味で『永遠のローマ』と重ねてしまうわけです。

残り3章について少し触れて終わりたいと思います。目次の後のカッコ内に要約を記載します。

プロローグ(3)
目次(10)
序 章 ローマ人の心を碑銘に読む(17)
 (本書の主要史料であるローマ碑文、いわゆるローマ人の「碑文慣習」がローマ人にとってどのようなものであったのかの解説)

第1章 ローマ人はどんな世界に生きていたのか(33)
(本書ではローマ人の社会層毎に分析するため、本論に入る前にローマ社会はどのような社会層に分かれていたのか、各社会層の解説と、碑文は生活と密接に結びついていたため、彼らの普段の一日の過ごし方や、人生の在り方が解説される。特に主要史料が碑文であり、碑文にもっとも多く刻まれるのはまず名前であることから、ローマ人の名前の仕組み、碑文の読み書きの前提となる識字教育、本書で扱われる碑文がほぼ墓碑であることから平均寿命などライフサイクルが解説される)

終 章 帝国の危機とローマ人の心(297)(アイデンティティ論による3世紀の心性の変容)

心性史研究自体はアナール派が中世西欧史研究などで20世紀から取り組んできたものですが、方法論的史料的なハードルが高く、古代史など他地域や他時代への本格的な適用は比較的歴史が浅いため、今後も慎重な研究の進展が期待されます。楽しみです。

※西欧中世前期は史料が少なく、古代と中世盛時の間にあって暗黒時代と呼ばれることもあるわけですが、「史料が豊富な西欧古代」とはローマ帝国全体での話であって、「中世前期の各国の史料」と、「ローマ帝国の各属州の史料」とを比べると、そんなに違いはないというか、むしろ中世前期の方が、同じ領域のローマ時代の属州期と比べると遥かに史料が多い、という地域は結構あるのではないかと思うことがあります。「ローマ帝国全体」とメロヴィング朝やカロリング時代のガリアやゲルマニアを比較するから中世の方が少なく感じるのであって、地域基準を一致させて比較すれば、或いは「政治史」「社会史」など一定の基準軸で古代と中世の同じエリアを比較すれば、ローマ時代の方が史料が少ない地域や社会層は多数見られるように思えます。

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(2)田中創・大清水裕・長谷川敬編『探究する古代ギリシア・ローマ史 』(山川出版社、2026年)

歴史学における「探求」は、わけかたのひとつとして、二種類に分類できるのではないかと思います。

ひとつは過去比較的長い研究蓄積があるテーマ(問い)について新たな研究に挑むもので、過去の研究過程及びその研究者が置かれた時代とその社会状況を含めて探求し、当時の史料解釈におけるバイアスまでも探求して、その上で現在の視点から新しい探求を行う、というもの。もうひとつは、過去にあまり見られなかった新しいテーマ(問い)とアプローチを立てて研究を行う、という意味での探求です。

本書では、全部で17の論説(探求)がありますが、前者の意味での探求としての特徴が(個人的に)よく出ているように思えたものが、次の①②、後者についての探求を行った事例の特徴がよく出ているものが③④、というようにひとつ整理できるのではないかとの印象を持ちました。更に本書の場合、近年開始された高校世界史授業の『世界史探求』をターゲットとした、「探求」そのもののモデルケースを提供するようなスタイルの章もあり、これを⑤~⑦に分類したいと思います。この場合は新説や新しい探求テーマを提示することよりも、エビデンス(史料)に基づき考察を深めるそのプロセスを読者が学ぶことを目指したもの、との印象を持ちました。

(1)過去の研究過程含めた探求を行い、新しい視点を追求するもの
①第5章 アレクサンドロスは何をめざして遠征したのだろうか…澤田典子
②第7章 「身分闘争」からどのようなローマ社会を知ることができるのか…十川雅浩

(2)新しいテーマで探求を行ったもの
③第12章 ガール水道橋は属州の「ローマ化」の象徴といえるだろうか…小川潤
④第14章 「軍人皇帝時代」はローマ帝国衰退の徴なのだろうか…長谷川敬

(3)教科「探求」の事例となるモデルのようなもの
⑤第9章 アウグストゥスの創始した元首政とはどのような体制であったのか…蔡男
⑥第15章 コンスタンティヌス帝はどのような信仰を持っていたのだろうか…田中創
⑦第13章 カラカラ帝が帝国内の全自由民にローマ市民権を与えたのはなぜだろうか…大清水裕


個人的にもっとも印象深く面白く読めたのが第七章の初期共和政ローマの身分闘争です。20世紀の日本のローマ史研究で大きな足跡を残し、史論的にも大きな歴史像を示した弓削達氏は、古代ローマ史を、ローマ共同体の階層分解と身分闘争の繰り返しが共同体全体の発展と拡大の原動力だったとする、一種の歴史理論を打ち出した方です。その根拠となる身分闘争は、前五世紀から前287年に至るパトリキとブレブスの闘争、前二世紀からアウグストゥスに至る門閥派と民衆派の闘争、帝政期のホネスティオレスとフミリオレスなどの階層分化、とおおきく三つの時期に分けられています。このうち、帝政期の分化は裏付けとなる史料が少なく、階層分化がどの程度共同体の発展や解体に影響を及ぼしたのかはあまり明瞭ではなく、寧ろ階層分化が以前の時期のように拡大のエネルギーとならなかったがゆえに共同体の解体につながっていったとの印象を受けるものなのですが、一方前の二つの階層分化はあまりにも整合的にローマ拡大現象を社会史的に説明できてしまうため、学生時代に強い印象を受け、それはほぼ現在に至るまで続いてきたものです。ただあまりに美しすぎるゆえに、そういうものは大体においてナラティブ先行という部分もあるのかも知れない、との不安は常にありました。

第七章では、最初の身分闘争の時期の史料は、二番目の闘争終了を見届けた時期に書かれたリヴィウスのみの史料に基づいていて、最初の身分闘争と二番目の身分闘争が継続した展開に見えるのは、史料を記述したリヴィウスの生きた二番目の闘争期の史観が一番目の闘争の歴史記述に影響して再構成されたものだという可能性が指摘されており、そうなると、ローマ共同体拡大の方向性を示す梃子の一方の端に乗っていた重しのひとつがなくなってしまい、第二闘争期を軸とした梃子全体の方向性が変わる可能性につながってきます。本書では触れられていませんが、第二闘争期の初期についての史料の一つであるサルスティウス『ユグルタ戦記』に描かれる時代像も、読んだ時あまりに文学的な印象を受け、三頭政治以降の第二闘争後半期のサルスティウスの史観で再構成されたものなのではないのか、との印象を強く持ちましたが、そうなってしまうと結局のところ、もっとも文献史料の残る共和政ローマ末期の第二闘争期の視点と解釈がそのまま第二闘争前期や第一闘争期に遡及して適用されたという展望へも展開する可能性がでてきます(もっともこれはローマ共同体論の成果すべてを無にするようなものではないと考えている点は強調したいと思います)。これはエキサイティングな展開です。今後の研究が楽しみだといいたいのですが、共和政初期は金石史料さえあまり出土していないため(そもそも領土が小さいので仕方がないが)当面のところはあまり大きな進展は望めそうにないのが残念ですが、実はローマ市を掘りまくればなにかが書かれた青銅版が多数出てきそうな気もしますし、気長に待っていれば何かが出てくるかも知れません。期待して待ちたいと思います。

それ以外の章も面白く読めるものがいくつもありましたが、一部には(あくまで私の定義する)「探求」類型の特徴をあまり感じられないものもあったわけですが、これは私が理解できていないだけで、他の方がポイントを的確に指摘してくれるのではないかと思います。

本書は、当初橋場弦氏の退官記念企画として出発し、その後高校世界史教育の変化に合わせた内容に発展したと、あとがきにありました。企画が変化したとしても実際のところ本書は橋場弦先生御退官記念著作なのだと思います。

ところで最後に蛇足で書きたいことがあります。ネットの質問サイトに頻繁に投稿される古代ローマ関連の質問の一つに、西ローマ滅亡に関する質問があります。これは、教科書の記述では「西ローマの滅亡」の実態が多くの生徒にはよく理解できないため、例えば「西ローマが滅亡した後教皇はどこにいたのか」のような質問が再々投稿されたりします。山川出版社の『世界史B』(2021年版)p123では「西ローマ帝国は476年ゲルマン人傭兵隊長オドアケルにより滅ぼされた」とあり、その実態に関する解説がないため、少なくない読者が

「「滅亡」という刺激的な言葉が想起させるような、戦争で町が攻略されたり、国がなくなったりといった破滅的な出来事」(田中創著『ローマ史再考』p164)

だとイメージしてしまう結果を招いてしまっているようです(この引用部分は「そうではない」と続く)。また、多くの読者が「国」というものを近代国民国家のイメージで理解しているため、キリスト教はローマ帝国の国教となったのだからローマ教皇庁は国の官庁と同じようなものだと理解してしまう結果、「国が滅んだのに何で官庁(教皇庁)とそのトップの教皇)が残ってるの?」との疑問を持ったりするようです。西ローマ滅亡は、本書のような探求のテーマに向いているような気がします。

本書のあとがきにChatGPTの話題が出ていましたのでChatGPTにこの件を質問したところ、以下のような文案を提案をされました。

「こんな表現がバランスがいいです:
 476年は、西ローマ皇帝位が廃止され、イタリアではオドアケル王の支配が成立したが、形式上は帝国(東ローマ)への統合が主張された」

またこの文の説明として次のような内容を提案されました。

「一言でいうと 476年は「歴史の現実の断絶点」ではなく、「後世の人が引いた分かりやすい線」」

「こういう「どこで時代を区切るのか」という問題は、事実そのものよりも**歴史の見方(歴史観)**がよく表れるテーマで、とても面白いところです。」


更にこんな提案もされました。

「もし興味があれば、
なぜ“滅亡”という言葉が後世に定着したのか(ギボンなど)」や、
西ローマは本当に“国家”だったのか
「西ローマ滅亡後のゲルマン王国は「国家」だったのか」というさらに深い議論も面白いですよ。

このテーマはかなり奥深くて、
「では中世のフランク王国や日本の律令国家はどうなのか?」
という比較に進むと、さらに面白くなります。」

とのことでした。

最後に「なぜ“滅亡”という言葉が後世に定着したのか(ギボンなど)」を訪ねたところ、

「理由はシンプルです:

 人間は「連続より断絶の方が理解しやすい」から 歴史は本来グラデーションですが、 物語は「始まり・盛り上がり・終わり」を求めます。」

とのことでした。「476年」は、歴史学の方法論上の重要問題を教える良い題材となる事件の一つだと思うので、「476年」に関する記述は、こうした内容を授業で生徒と対話できるような内容になって欲しいものです。

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(3)映画『裸のローマ帝国2000年1/2年前』(1993年、イタリア)

コメディ俳優レスリー・ニールセンのコメディ歴史映画。小森谷夫妻の『ローマ古代散歩』での評価が高いので興味を持って見てみたもの。コメディ映画と馬鹿にしてはいけない作品でした。

とはいえ、最後の場面を見ていてあら、と思ったのですが、この作品見たことがある気がします。相当前に。ビデオが出たのが1996年だから、恐らく1999年から2000年代前半あたり。当時の歴史映画の探索は主にレンタルショップを利用していた時期で、この頃は、週末集中ビデオ視聴三昧マインドか、或いは、週末楽しく過ごせなかった場合の日曜夜の口直し保険のため、或いは翌週平日帰宅後夜の気分転換のために金曜夜2~3本借りておく、という中で借りたもののうちの1本だったような気がします。忙しい時とか、週末充実していてビデオで口直しをする必要がない時などは、夜中読書やネットサーフをしながら「せっかく借りたのだから消化しなきゃ」的モードで一応視聴はした、といった程度の作品も多かったため、本作は「他の作業しながら一応消化した」というものの一本だった気がします。見始めて気にいった作品は冒頭に戻してちゃんと視聴していますので、本作はあまり身を入れて視聴しなかったのであまり記憶がなかったのだと思われます。

本作については日本語のあらすじ紹介記事が見つからないため、視聴中のメモを掲載することにしました(ChatGPTにあらすじを書かせようとしましたが、まったく別の映画のあらすじを書いてきましたのであきらめて自力で書くことにしました)。


二人の中年男、ローマの元老院議員ユリウス・アッティクスとメディオラヌムから転任してきた裁判官のアントニオ・セルヴィリオ(セルヴィリウス)が主役(セルヴィリオは法務官だと思われる)。

メディオラヌムは現ミラノだと思い込んでみていたが、もしかしたらフランスの大西洋岸のメディオラヌム・サントヌム(Mediolanum Santonum・現サント)か北部のメディオラヌム・アウレルコルム(Mediolanum Aulercorum・現エヴルー)、或いはイングランドのメディオラヌム(現ウイッチチャーチ/Whitchurch)かも知れない。セルヴィリオはローマ到着時にアティクスの馬車とでくわし喧嘩になってからの犬猿の仲。アッティクスは愛人オクタヴィアと海岸でバカンス中だったが、伝令が来て急遽首都に戻ることになり、ローマ近郊でローマに向かうアントニオ・セルビヴィリオ一家の馬車と接触事故を起こしていたのだ。遺恨を残したまま別れた二人。セルヴィリウスはローマ市内で家探しに向かうが、見つけた家の大家はアッティクスだった。

プレイボーイのアッティクス上院議員は見学にいったファッションショーで出会ったエジプトからきたモデルにぞっこんとなり、新しい愛人にかこう。前の愛人オクタヴィアは、新しい愛人であるエジプトからきたモデルによって、アッティクスに世話されていた家を追い出される。そこで裁判に訴えようとセルヴィリオの事務所にやってくる。

一方セルヴィリオの妻リヴィアは、預金を銀行にあずけにきた時に強盗団にでくわし、他の客ともども人質となる。法務官セルヴィリオが兵士や他の役人たちとともに銀行を包囲し、しばらく後人質が解放されるが、彼ら人質は銀行を取り巻いていた群衆に紛れて姿を消す。セルヴィリオたちが銀行に突入するとそこには縛られた銀行員とお客たち。セルヴィリオは間抜けにも強盗を人質と間違えて逃がしてしまったのだった(どうやらこれは当時のイタリアであった事件を諷刺したもの、という可能性がある)。セルヴィリオ夫妻は財産を失ってしまう(が破産したわけではないらしい)。

セルヴィリオの娘クローディアとアッティクスの息子アレッシオは同じ学校に通うようになり、お互い好きになる。クローディアは自己紹介する時、メディオラヌムから来た「外国人」だと自己紹介していた。

前愛人オクタヴィアに訴えられたアッティクスは、有力元老院議員ルシウス・シニクス(これが裸の銃を持つ男:レスリー・ニールセン。今回は準主役)にテルマエであかすりされながら相談。ルシウスの助言で娼婦をセルヴィリオに送り込み罠にかけることに。アッティクスは娼婦を雇いに娼婦の館に赴き、娼婦ポッパエアを買収。ポッパエアはビーチに家族と海水浴に来ていたセルヴィリオに偶然を装って近づく。その後夜劇場に観劇に来ていたセルヴィリオに偶然を装って再会し、首尾よくセルヴィリオを誘惑し、娼婦の館に連れ込むことに成功する。この時娼婦の館に向かったのは、二輪戦車のタクシーだった。で、薬で眠らされているところをアッティクスと兵士たちに踏み込まれ、娼婦たちとの乱交現場を押さえられたセルヴィリオはあえなくルシウス派のドン・シャブローネ知事が治めるフィリクーディ島へと左遷されてしまうのだった。

左遷先で徴税のための戸口調査を行っていたセルヴィリオは(確か)アッティクスの私領の用人たちが村人を収奪しているところに出くわし、セルヴィリオはアッティクスを告発することにする。言い逃れのできない状況に追い込まれたアッティクスはまたも党派のリーダールシウスに相談すると、ルシウスはセルヴィシオを毒殺するようそそのかすのだった。娼婦だったかエジプトのモデルだったからから毒蛇を入手したアッティクスがセルヴィリオの執務室に毒蛇を放ったところに、クローディアの件でアッティクスの息子アレッシオがセルヴィリオのもとに相談にきて毒蛇の餌食になりそうになってしまう。思わず執務室に飛び込んだアッティクスは、自らが放った数匹の毒蛇を踏みつぶし、あえなく陰謀は発覚してしまうのだった。

息子にすべてを見られたアッティクスは、正直に収奪の背景含め自供する。つまりは党派リーダーのルシウスに上納するためだったのだ。
一部始終を知ったセルヴィリオとアレッシオは、アッティクスと協力し、ルイウスの裏献金をあばく作戦を立てる。

まず、アレッシオが、市場でシニクスの家政婦二名を事故をよそおい馬車ではねて怪我させ入院させ、アッティクスがシニクスに身代わりの家政婦を提案。庭師の料理人の叔母ネラとレラがローマにもどってきましたと、彼女らに変装したアッティクスとセルヴィリオがルシウス邸に潜入することに成功。裏帳簿の隠し場所を盗み見た二人は街で睡眠薬を購入。ルシウスを眠らせ裏帳簿を盗み出そうとするが、そこ退院してきた料理人二人が帰還。あわててルシウスから鍵を奪い、帳簿を奪取しルシウスを殴って戦車で逃げるが追撃してくるルシウスの二輪戦車と競争にとなる。ローマ郊外~市街にかけて猛烈な戦車競争が繰り広げられるが二人は逃げ切り、ルシウスを告訴し裁判に持ち込むことに成功するのだった。

ところが裁判では、ルシウスの雄弁な弁論が満場の喝采をあびる。並みいる群衆たちにを前にルシウスは堂々とこう述べる。

賄賂で経済が循環して民衆まで金がまわってみんな豊になっているのだ!なぜそのサイクルを壊すのか? 

結果、ルシウス勝訴。セルヴィリオとアッティクスは20年間カプアの採石場で強制労働となってしまう。しかし採石場の同僚にスパルタクスがいた!すわ反乱開始!反乱に参加する二人。さあ、ここでルシウスを成敗し正義が勝つのか?

と思いきや、アッという間に磔処刑の場面に。反乱は失敗し、あえなく磔になってしまう二人なのだった。

2000年後。

現代のローマ近郊。大渋滞の車道で真っ赤なスポーツカーと衝突するファミリーセダン。そう。降りてきた二人はセルヴィリオとアッティクス(の生まれ変わりか何か)だった。そうして2000年前と同様、大喧嘩を始めるのだった。




というわけで、ふざけたお笑い映画かと思ってみていたら、ばりばりに諷刺の効いたバッドエンドな作品でした。

まさか映画『ナイトフラワー』に続いて二作続けてバッドエンド作品に出くわすとは、、、、口直しの作品を探さなくては、、、、(本作もナイトフラワーもよい作品だと思います、ただファンタジーか現実かを選ばざるをえない展開の必然的な結末だったというだけで、、、)

余ったメモ:58)アティクス夫妻の腸占い(58)、郵便配達人登場

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